2010年2月19日金曜日

いまどうなっている?

今朝は朝からぼたん雪。
そんな中を今月職業訓練校選抜第二弾だったんですけど。
まぁ学校も小さいし、定員は最終的に5倍。面接始まる時間の10分ほど前に入室したら普通は人が集まっているものだけど、自分以外誰も来ていない状況。そこで簡単なプロフィールを記入したら隣室ですくに面接。
・・・といっても、面接なんてものではなかったのです。本当のところは。雪の中をご苦労さま、わざわざ来ていただいて有難う、程度の中に2.3本当に簡単な質問があった程度で。「今回は倍率が非常に高いので、合否に関してはこんなことを言っては何ですが、宝くじみたいなものだと思って」と。
そんな、ねぇ?もう少し自分をアピールしたいと思ってもそんな猶予もなく。
まさか本当に抽選で決めるわけじゃあるまいに。。。でもね、あの場でのあの顔見せ程度では、確かにとても私のことが理解されてるとは思えないので。もしかしたら本当にくじ引きで決める?

おそらくそんなことはないと思います。政府が考えている「第二のセーフティネット」で基本的にいろいろな状況があって、いますぐ困っている人を優先対象にするのではないかと。何となくそんな感じがしたな。それが今まで受けたところとはちょっと違った印象。それはそれで、意味のある選抜方針で、いま目前に困っている人がいるなら、そういう事情がある人を優先する方針なら納得はします。

もちろん上記の事情だというのは全く憶測に過ぎないのです。ですが、もしその憶測が当たっているとしたら、こちらはこちらなりの「すき間」に落ちているのもまた事実で。どうしたものだろう?

いまの状況ってどうなっているのでしょう。
もちろん自分の問題でもあり、私は気がかりです。

現場レベルの公務、例えばハローワーク職員、労働基準監督官(労働者側からの労働問題に関する相談を受けている筈)、社会福祉事務職員、社会保険労務士、職業担当教員あたりの現場の人たちが有志として集まり、いまの現実における雇用と労働の状況に関していわば「事例研究」レベルで学びあって、そこからまずある種の社会的コンセンサスが取れないものでしょうか?あるいは雇用と労働に関する社会調査とか。

そうか、その意味では「ワンストップ・サービス」はその人たちが一同に介する器であり、職場になるわけだね。でも、業務を越えた社会研究に発展するかといえば。。。
まぁ、期待薄でしょうか。おそらく。

個人的に私は、自分が「現実を感じられなくなるとき」が来ることを怖れてはいるんです。
帰ってきてから映画「怒りの葡萄」を観ました。今月はアカデミー月間で結構映画も観ているんですよね。1940年という時代でもあるのか、アメリカ映画にしても非常にリアリズムなものでしたね。スタインベックの原作でしたか。この映画でもうかがい知れる野生的な厳しさは、ずっと現代まで続くアメリカ的なこころの基盤の一つかもしれません。

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