2011年9月26日月曜日

ひきこもり外来の可能性について

※(この文章は自分が関わっているNPOで作成した『北海道ひきこもり支援ハンドブック』挿入のコラム・エッセイのために書いたものです。本年2月に書いた原稿ですから、やや内容が古くて申し訳ありません)

 ひきこもり外来という言葉を聞いたことがある。その言葉に初めて触れた時、何か大きな期待感のようなものを感じた。2週に一度、あるいは1カ月に一度、ひきこもりに理解がある専門医に50分程じっくり自分の思いを語り、自分の言葉を整理してもらい、その整理によって新たな自己への気付きが生まれる。そんなイメージだ。


 そのひきこもり外来の現在はどうなのか。ネットで調べてみた。すると、いろいろな資料や専門家のインタビューが載っているかと思ったが意外なほど情報が無いのだ。正直、これは半当事者的意識からの主観かもしれないが、ひきこもり者への深い洞察に基づくものにも見当たらない気がする。また、幾つかの資料を読んでいると、確かに「治療モデル」は必要であるにせよ、ネットで読めるものはそのモデルが強調されがちなのが気になる。

 しかし筆者自身が長く「精神分析」モデルで健保・国保の枠組みに上手くはめてもらい、ひと月に一度10年以上にわたりその治療モデルで経過が良くなっているため、ひきこもりの長時間カウンセリングに可能性を見る気持ちは抜けない。しかし実際には、なかなかそのような理想の環境にはなっていないようだ。

半当事者的目線で評論家的なことを言うのは気が引けるが、「ひきこもり」に関して、自分自身がピンとくる経過良好の話はあまり目にしない。(あくまでネットで見る専門家の話の世界だが)。極論すれば、ひきこもりの主体者でない人がどこまでひきこもり者の実存世界を理解できるのだろうか?という気がするのである。(そのためにはひきこもり体験者が自らの世界を自らの言葉で、支援者たちに伝えていかねばならぬ責務があると思うけれども)。

 一言でいえば、明瞭な可視化が出来ないゆえに、どうしてもある種のおどろおどろしい側面のみが強調されがちなのではないかと思うのだ。この雰囲気は筆者には既視感がある。30年以上前の統合失調症の人たちを見る社会的視線である。その後統合失調症は薬の劇的効果もあり、社会の認知も進み、障がいの中でも「最後の差別」とまでいわれていたが、その点もずいぶん緩和された印象がある。おどろおどろしげな目線は理解の難しさに根差すだろう。困ったことにその当事者さえ、それらひきこもり者を見る、世間や、関心を持つ人たちの思考回路を内面化する。故にその「自責」感がより一層問題をやっかいにする。それら相互の固定観念から、共に抜けていかないと本人も周囲も自縄自縛になるばかりではなかろうか。そのように書いている筆者自身とて、その自縛から抜け出ているとは言い切れない。

 話を戻そう。ここにひきこもり外来医で新潟で活動されている方だと思われる人の考えがある。その人はその膠着感から少し抜け出た発想をしているようだ。発想としてはこういう感じだ。

 ポイントは、医療と心理と親の会とNPOと居場所が一体化する複合的な取り組みにある。つまり孤立した若者に有効であるためには、治療システム側も1対1などの孤立的スタイルではなかなか有効性に乏しい。診察室や、箱形の居場所や、深刻そうな大人の寄り合いでは駄目、とまで言っている。いわば「お祭り」のような集まりにあること。かつまた同時に、自分を見詰めることが出来るカウンセリング室の併用があること。

 その両輪があれば良い。ある家族の会のリーダーは仰っていた。いろいろな形でのいろいろなフォローが本人たちには必要なんでしょうね、と。

 その意味で、支援グループと個別カウンセリングの併用は今後有効な手段だと半当事者としての筆者は思う。愚見であろうか。 

 ※家族会のリーダーの方が仰った「いろいろな形でのいろいろなフォローが欲しいですね」という語りはある地方の家族会に取材でお邪魔させて戴いたときに、もろもろ、少数ながら活発な家族の方が当事者のための生きやすい社会について自分も含めて座談が深まったその後に、しみじみと仰ったひとことです。
 その感慨深そうなひとことがやはり当事者性を残した私にはとてもとても印象深く響いたのでした。                

2011年9月14日水曜日

ハラホレ、ジタバタ

 全国的にかもしれませんが、今日は非常に気温が高く、日差しが強い夏模様の一日だったのですが、今頃になって急に涼しくなってきました。やはり秋ですね。

 さて、本年秀逸なノンフイクション・エッセイ二冊、大野更紗さんの『困ってるひと』と勝山実さんの『安心ひきこもりライフ』を読むと、いろいろな角度からその軽妙な文体からも思考が広がる筈です。その中で一つのポイントとして、障害などの社会保障制度や、公費負担などの社会福祉の制度に関心を持つきっかけになっている人も結構いるのではないかと思われます。

 私自身はといえば、今年、もう一度「社会保険労務士」という資格を生かすためにほとんど忘れている勉強をしようと思いつつも。4月から仕事を始めてからは休憩してしまいまして。やっと今月から再開したのですが、その中でフォーサイトといういわば社労士通信教育では格安、価格崩壊型の学校による講座を申し込んだのですが、先の2冊の本を読んで一つのポイント。社会保障制度の大枠を知るのに、まず最初のDVD3本に収録されている「社労士入門」編の内容が非常に役に立つ、ということが嬉しいことでした。

 最初は入門編は聴いている暇も惜しい。先に本題の法律から行こう、と思ったのですが、まずは全体像はどうだったかその復習は必要だ。教授の仕方もどうかと、その確認の意味で聴いたらば、思った以上に2×3の6時間分、非常に充実していました。労働社会保険の細部ではなく、一般的な面での全容を知るのには大変良い内容でした。


まあ、とはいえ、関心などがある程度前提的にないと、難しい所はありますけれども。。。『困ってるひと』などを読む人は労働社会保険制度に関しては労働法と社会保険法は似ている点も多いのでわりと理解しやすいのではないかと。

上記の2冊の本は社会保障や社会福祉に関心を寄せるきっかけになる、という角度でも良い本だと思いますね。

 ところでDVD通信としては破格に安い(それでも45,000円する)フォーサイト。各科目に入ったら、けして懇切ではありませんでした。ディープなところを分かりやすく、ではなく、大枠を分かりやすくで、かつ流れが速い。やはりじっくり向き合うには値段なりの限界がある。そこに気づかされます。

 逆にランクが高め(受験経験者向け)の講座ライブDVDのクレアールの通信による答練DVDの斉藤先生はかなりディープで鋭い所を掻いてくれるのですが、逆に難易度が高いです。(ちなみにこちらは78,000円くらいで今年の3月下旬に購入しました)。

 こうなると、基本のみが早く、タッタカ流れるラインと、難易度が高くディープに行く、のその中間が無くて困るところでありまして。

 今は何とか答練ものの解説を利用しつつ、解説を中間に置いて理解するように務め、フォーサイトDVDで大枠を再度理解する。活字解説で分からない所は斉藤先生の実務的・お役所的(笑)な知識を聴いて「はっ!」と納得するように務める、という感じで進めています。

 本日はあくまでも極く個人的な日誌。面白くない、わかりにくいものになってしまったかもしれません。
 今のところ、DVDなどを見るので平日におおむね4時間くらい、場合によって6時間くらいの勉強です。

 バイト等々が決まったらまた気合いが弱くなる可能性があるので、やれるうち、ということです。

 それにしても、記憶力の減退と、これは余り言いたくないですが、集中力の減退。自分の年齢を感じて、やはり少々哀しいことではありますね。

2011年9月9日金曜日

ナントモ、ジタバタ

 水曜日に某大手コールセンターに面接に行って。
 帰ってから戴いた書面を見ると応募した仕事の面接ではないんだな。基本的に某社の「登録」という扱いだそうです。履歴書ではなく、職務経歴書を持ってきてくれ、ということの意味はそういうことだったのか。

 ニコヤカに面接は進みましたが、その場で自宅から地下鉄駅にまで来る方法を相手に伝えて欲しい(電話相手と思って)と言われた時は戸惑いましたよ。来ました、口頭試問。しどろもどろでした。
 昨日中に「今回応募された」仕事に派遣で行ってもらうときは連絡しますと仰られましたが、連絡はなし。ダメと見極めをつけ、昨日木曜発刊のバイトニュースを新たに購入。
 実はそこは数年前、損保営業のコールセンター業務のバイトを試用期間研修で辞めておりまして。面接の後に簡単な実技試験があるんだけど、面接の方はニコヤカに「すでにされておられますので結構ですよ」と仰ってくださり。すっかり過去のこの某所での履歴がバレているのも評価に絡んでると思います。
 後は、女性中心の場所で。×0代に手が届くオヤジの扱いに困る、というのもあるよね。別に採用する側の気持ちを斟酌するつもりもないんだけど(笑)。十分了解出来る感じもあります。

 本日はこれも某大型スーパーでカート整理するバイトの面接に行ってきました。そこは清掃業も大手なので、カート整理の仕事が無い場合、清掃の仕事の紹介もしたいがそれでも宜しいでしょうかとの話。あんまりきつくなければそれでも了としなければならないかな。
 確かに某スーパーの巨大なスペース。観察してると、高齢者の方が作業していることが多いのです。自分くらいの年輩の輩がいるのはやや異色かな?

 今は社会保険労務士の勉強と両立させる腹積もり。未練がましいですが、そう。どうも言葉通り未練が残っていまして。その未練に嘘はございません。×0代のあがきです。この浅ましき煩悩。。。武士の情けをお願いします。

 いずれにせよ、商業施設のバイトになると、土日祝日がかきいれどき。週末、まぁ今のところ4時間くらいなのですが、潰れるのはちょっと痛いかも。
 まだ、面接希望者も多いらしく、来週の半ば以降でないと結果が出ないとのこと。それはそれで、こちらもまだ時間があって有り難いこと。

 ちゃんと働けないのか?と問われると、今はまだ難しい感じがあるんですね。後悔はありませんが、振り切れないものがまだある感じなのです。

2011年9月6日火曜日

ノンキニ、ジタバタ

 台風の影響で豊平川の水位が上がってるって。豊平川が全国放送の映像で流れるなんてもう何十年振りだろ?本当に今年は自然災害の年として歴史の記憶に刻まれる年ですね。

 台風直撃の田辺から那智勝浦。熊野古道を歩いたり、私、熊野地方に関しては一方的に恋慕してるところがあるんで、今回の台風被害はかなり心配です。確か大好きな奈良も。葛城のほうがやられてるとか??間違っていたらごめんなさいです。

 明日は父親の介護保険の認定調査のために入院している病院に区役所を通して市から保健福祉課の人が来る予定。72項目くらいの審査項目があるとの話。

 自分は、午前、コールセンターでのバイトの面接に行きます。あんまり気乗りしてないんだけどね、実は(苦笑)。
 午後は家族立ち合い希望ということで、病院に行く予定です。

2011年9月4日日曜日

ボンノウ・ジタバタ

  台風の間接的な影響か、晴れたかと思えば突然降りだすようないやな天気がここ数日続いています。
 私はといえば、骨粗鬆症の影響で腰椎(ようつい)を骨折して入院した父親の見舞いが外出の中心。この入院に至る経緯も家人からみればいろいろあらあな、の世界なのですが。その件については又の機会に。
 親父も大変なんですわ。70代終わりの肺がんから始まって心筋梗塞、顔面ヘルペス、そして今回の腰椎骨折と、毎年のように入院のハメだからいささか自分の身体をもてあます思いだろうと。良く頑張っていますよ。
 元はがんを叩くためのステロイド剤の副作用として、心筋梗塞をのぞいて骨粗鬆症やヘルペスは出てきたのだと思われます。大病退治してくれる分、健康な細胞も弱るんですよね。だから可哀そうなんだ。
 
 前回、兄のこと悪く書いてしまいましたけど、もちろんそれは兄の思春期葛藤で、今は立派な大人。長野に住む兄。ずいぶん父の容態を気にかけてくれて、私にも「悪いけど、頼むわ」と。実にちゃんとした社会人。当たり前かw。

 で、私はと言えば、また(やっと?)「煩悩」が出てきましてw。バイトニュースを買ってきて、過去に取った社労士の資格の復習と併用できるように余り苦にならないバイトにあたりをつけ、あるいは短期のコールセンターバイトにとりあえず目をつけ始めています。
 
 明日発行のバイトニュースにまだ掲載されていたら電話しようと思っています。ちょっとね、やっぱり自分の中で前の仕事先を辞めたことはけっこう響いているみたいで。まずはやれそうなバイトから、改めて賃労働の社会参加できればなぁ、と。
 ここまでくるのに実は今回、かなりかかりました。まるひと月以上ですね。こんなにやる気を喪失するとは思わなかった。やはり年齢はあると思う。いろんな面で反射神経が落ちている気がする。夏バテもひどい。
 親父ももうちょっと若ければ反射力で一瞬の痛みに耐えて立てるんだろうけど、なんぼ努力して一日中七転八倒して転がっても立てない。全体の反射力。すなわち筋力が落ちているんだな。
 ちなみに、親父は水曜日に役所の人が病院で判定にきて、介護保険の対象になるかどうか調査に来ます。おそらく今の段階だと介護保険は降りるでしょう。

 私の社労士復習だってDVD購入したのに、働いていた時は仕方ないにせよ、暇になったこの一月。全く向き合えなかった(覚えてると思ってちょっとランク高めのコースを選んだのは失敗ではあったが)。そこで、「マンガはじめて社労士」を購入してそこから始めようと。やっと最近そこから初めて動けるようになったのだけど、ここまでなにもかもやる気になれなくなったのは久しぶりでびっくり。目標喪失の感がこれほど強いのもかつてなく、やはり年齢を考えました。シリアス癖があるのに今までどこか楽天的だったのだけど、今はいろんなことを重く考えるようになってしまっています。よくないな。年齢と関係あると思う。今までは冗談で言ってたけど、今はけっこうマジにそう思う。

 しかし勝山さんがいうように辞書に載っていること(法令集でもいいや)、ネットで調べれば分かることを頭に詰め込む理由はどこにある?ってのは誠に正論で、自分はまたそれをやろうとしているんだなぁと思うと、どこか情けない。

 資格勉強のために、ラジオの現代国語や社会を通じて勉強が改めて面白いと思えて、行政書士、次の年に社労士をとれた1993年頃。あの20代終わりの頃の集中力とやる気はどこから出たのだろう?といま自分自身に思う。あの当時はけっこう親父とも感情的にやりあっていたし、とはいえ勉強もそれなりにやっていたのは自分の中で気持ちがどう動いていたのか。やはり若さかな。今は「覚える」持続力、気力が格段に落ちてます。
当時の思い書きつけのノートとかどこかにあると思うんだけどな。やっぱ、感情的な親子のいいあいとか、気持ちが荒れた時に書いていた日記とかワケワカンナイ詞めいたものとか(恥ずかし)、探せば出てくると思うんだけどね。怒ってたり、沈んでたり。感情の起伏が相当激しかった筈。その分、内側にエナジーもあったのかもしれない。

 今はあの頃に比べ、感情も落ち着いているし、冷静な視点もある。でも、何かが根本的に欠けています。そう、20代からずっと変わらない何かが。。。その正体がいまだに掴めないのが悔しいです。僕の夢は当面、この正体を掴むこと。とりあえず。だから偶然は避けられないけど、今は絶対に死に近づくようなことは絶対にしない。

 本当は自然と向き合う。自分の勝負は自分の工夫が一番楽しいはずだと頭では分かっているんですけど。まだ未練があるんだな。
 いまも懲りずにパターン化している目標は、もしかしたら人生に禍根を残す未練がましい作業なのかもしれないけど。いまはとりあえず。武士の情けとお許しください。