2011年10月24日月曜日

熱かったのね。

 この2カ月仕事が見つからず、いろいろ情報収集していた中で見つけたのが札幌市で助成事業として行っている資格の無料受講講座やインターンシップ事業。インターンは基本的に介護などの実務能力がある人向け。
 私は無料資格受講講座のファイナンシャルプランナーと簿記2級に目をつけ、先日申し込みに行きました。その時は所謂キャリアカウンセラーと相談、となっているはずが完全に受講面接みたいになり。面接でアウトのノリ、すなわち、「履歴書をマジマジと見ながら面接官沈黙」や、「勉強を大変おやりになってきたようで(過去の資格取得の件)」といわれ、後は特段なく事務連絡で面接終了のパターン。
 「これは駄目だな」と思ってたのですが、数日後に受講OKの連絡で本日再度受講に向けたオリエンテーションがあるので来てほしいとの連絡。

 ついでに今日から午前清掃のアルバイトが決まり、午前5時起きという自分にとっては過酷な(え?苦笑)日々が始まった中、午後3時に再度お会いしました。校長先生のような立派な風情のキャリアカウンセラーの方と。
 もろもろ事務的なやりとりを沈黙の中で過ごした後、私の履歴書をずっと見ていて、「貴兄の履歴書の書き方を再度考えよう」というようなお話となるやいなや、その後が熱い!クールな風情でこんな熱い人だったんか!みたいなノリで私の履歴書のプレゼンの仕方、大胆な書き変え方を伝授します。履歴書もパターン化せずとも良い、職務経歴書型でも構わんのだ!

 大野更紗さんの病院でのパパ先生とのやりとりもかくやの如く、私は「はい!」「そうですね!」「仰られる通りかと思います!」と反射的な反応。(でもだんだんと目は下に(苦笑)思わず気づいたときに相手の目を見るw)。
 もちろん、参考にはなるけど。熱いなぁ。私は段々気づいているんだけど、あんまり熱い人だと自分が退いちゃうんだな。ご節ごもっとも、にだけ徐々になってしまう。
 ただ、本音をいうと、熱い人をどっかクールに遠い目で見てるところもあるんだよねってところにも気づいてしまったね(笑)。いやいや、まぁ。そんなことを言ってはいけなんだけどね。

 だけどクールに冷静な会話というか、平熱の会話のほうが自分は好きだねぇ。そのほうが自分を出せる。やっぱ、ご立派でどうも、てへへ。みたいな感じだと、「お恥ずかしいことでございます」みたいになってしまう。課題だね。

 10日ぐらい後にまた履歴書を自分で組み立て直して見てもらうんです。「あなたならちゃんとしたプレゼン履歴書あれば大丈夫でしょう。頑張って」、と言ってくださるのだが、正直そういった意味合いにおいては、あんまり頑張りたくないんだよね。おっと!書き過ぎ、書きすぎ。
 贅沢な悩みかな。。。いま、学校じゃ自己分析じゃなくて、求職口に合わせた自己分析をさせているとか。大変なこったなと。そう思うよ。

 俺、7社に勤務してたんだな。どれも正社員ではないですけどね。まあだいぶ整理をしてくれた。
 これで、今度は自分の人生失敗談もブラッシュアップしようか(笑)。「失敗キャリアカウンセラー」なんてね。本当の失敗を知りたくてしみじみ同感、共感したい人はそんな失敗談、ブラッシュアップストーリーでは聴きたくはないやねぇ。面接は本来はお見合いと同じように面談にならなければいけないと思うよ。

 馬鹿なことを書いてますが、これから午前中はバイト。現在授業開始中のファイナンシャルプランナー3級は午前9時からなのでリアルタイム受講は出来ないため、ネットで勉強することに。こちらが11月中旬まで。下旬から簿記2級が始まります。こちらは登校6~7割、ネット受講が3割くらい。テキスト代がただなのも嬉しいところ。後はここに社労士の復習を組み込む。他の勉強を汲んだので、最初は1月くらいから実務講座を学ぼうと思ったが、1ヶ月くらい遅れるかな?

 土、日はいままでどおり自分の時間に使います。自分が携わっているNPO関連もあるし。
 これから雪の季節になるのが嫌だな。自転車に乗れなくなるし、交通費もかかるしねぇ(苦笑)。

2011年10月21日金曜日

小樽観光 小樽文学館・美術館

  今日もそうでしたが、晴れわたって暖かい昨日。10月20に、小樽にドライブがてら出かけました。目的地は小樽文学館。そしてその建物に併設されている美術館。もともとは文学館でボランティアをされている友人のハイロウさんの話を聞いて興味を持ったためもあります。小樽に出たついでに小樽港を見渡せる手宮公園にも寄ろうか、という目論見もありました。実はもう一つの目論見も。。。それは後述しますが。

 昼は小樽でとる目算で札幌を車で出たのは10時半頃。快晴でかつ暖かく、手稲星置を越えたあたり、ちょっとした小山は紅葉も色づいて綺麗。散歩がてら頂上にも登れそうな高さ。しかし今年は熊の街歩き騒ぎがあって、ここら辺も下手に登ると危ないかも。でも山側には実際、犬の散歩で遊歩道のような所を歩いて降りてくる人もいますし、何となく熊騒ぎも関係ないような長閑さ。若い女性が山の傾斜面あたりから国道沿いのほうに向かって通勤する様子で、意外に自然の場と生活の場が普通に近い感じです。昔は、いえ今もですが、このこんもり小山と開かれた街との間には干渉し合わない「自然世界」と人間世界が別れていたのでしょうねえ。人間側も畏怖の念を持ちながら・・・なんて考えつつすぐ海が見えてきてあっという間に小樽です。札幌からだと高速は本当に要らない。

 小樽について運河から港よりのパーキング一日券で停めたら、何だかすでに観光客気分。小樽なんて隣の市、という感じでいたのですが、独りで降り立つとそれなりに非日常感覚が心身に訪れます。僕の内実的な目的の一つは今後「独りで行動出来ること」。30代の頃、結構いろいろと道外を独り旅したものですが、あの当時は仕様がないという現実的な側面もありましたし、どこかで自分、独りなんだということを意識から隠すようにしてた気がします。それでも十分に楽しめたものでした。ところが40歳になった頃から突然、一人旅をしていて「ひとりは寂しい」「この風景や何かを他人と分かち合いたい」との思いが急速に意識され、それ以来、ひとりきりの旅は全くと言っていいくらいしなくなりました。そしてここ数年、悩みを同じくする人や、心情を理解してくれる人、友人が増えるに従い、ますます単独行動が減りいつのまにか「ふらっと出かけるのにひとり」ということがなくなりました。一人で出かけるのは「(何らかの明確な)目的のある場所」。逆に遊びに出るのは独りじゃない。極端にいえばそんな感じで、行き場所もなく、誘いも無ければ、市内は別ですが、一人で別の街をうろつき歩くという事はほとんどなくなりました。

 それで、ひとりになってもなんともない。落ち着かないこともない。その場での出会いを楽しめるようになる。それが目標なんですが、如何せん、40代以後そういう癖がなくなっていたもんで、小樽のような、レトロで歴史性を色濃く残す観光街は知らない場所に来たときのように、何とはなく自分の気持ちはストレンジャー。我が家の墓参りの時には感じない、落ち着かなさ。

 まずは確か駅前の紀伊国屋や玉光堂が入っているビルに結構上手いラーメン屋があったと駅に向かいます。この日は修学旅行生の集団が多い。途中で旧手宮線線路跡地を確認しつつ、まずはJR小樽駅。バスターミナルビルに入っている筈だったラーメン屋はなく、真昼にしては意外に空いている旧来型の喫茶店。そこでコーヒー付きのカレーで一服しようかと迷いましたが、都通りでのラーメン屋ののぼりが気になり、そこは「えいや」と見きって都通りへ。

 最初考えたラーメン屋は少し値が張るのが分かり、客も多そう。そこは諦め向こうにもある店のショウケースをのぞく。当店おすすめ塩あんかけラーメン。ふむ、うまそうだ。こちらに決めたと思ったら狭い階段を上へと。入ったら、中は修学旅行生でかなり満杯。奥さんらしき人が忙しく接客中。仕様がないかと一席だけの空きを座ってこの店名物のあんかけラーメンを頼みます。横に修学旅行生の男女グループが若々しいエネルギーで賑やかです。この頃はかなり異邦人気分を抱いている自分ですが、賑やかながら隣の男女高校生たちのグループの雰囲気は悪くない。健康そうだし、でも生意気そうでもないし、お店の人にも挨拶が良くできる。別にお行儀の良い学校の生徒さんでもなさそうな普通の高校の生徒ぽいけれど、ざっくばらんであいさつもしっかりしているのはいいよな、と思っていました。たまたま次回通信紙用に最近の若い人の問題とかを考えてたんで、その意識とのギャップが脳裏に浮かびました。まぁケースの違いということだよね。やっぱ普通に若者は健全だ。僕が食べ終わりがけに彼らは店を出ましたが、どうも静岡から来ているらしい。

 さて腹がくちて都通りの観光表示案内を見ると都通りを越えて左に行くと文学館はすぐ、みたいです。どうも名所の一つである日銀支店の建物の向かいのようだ。なんだ、近いんじゃん。というか、駅に来る時に確か通りすぎてるはずだな。


 ありました。旧手宮線の線路沿い。おや、建物は何だか古い学校の校舎みたい。まだ少し食後感があったので旧手宮線をぶらり散歩して、目的の小樽文学館&美術館に。小樽に由来する人たちを展示する文学館と美術館は同じ建物に入っています。両方を閲覧すると500円。一回の事務所前で受け付けすると、共通券みたいのをもらって見ることが出来るギャラリーのスタンプを押してもらう形です。この日は市民祭というのをやっていて、まずは1階の奥に進みます。まずは市民が主宰していると思われる「石」の展示。奇岩というか、見立ての石です。思わずつげ義春のせつない漫画、『石を売る』を思い出します。石の趣味ってやっぱりあるんだなぁ。だけど、売買とかは無さそうだよなぁ。わかんないけど。

 そして一歩進んで市民写真展に。こちらは北海道新聞社賞とか、市となどの奨励賞なども展示されてます。これが良かったな。いい写真が沢山あった。テーマや構図も捉えた瞬間も「いいな」と思うのが沢山あったし、やっぱり小樽周辺は自然が多いんだよなと改めて認識しました。満喫。

  その満喫感を感じつつまずは1階の『中村善作記念ホール』へ。小樽を根城にされた洋画の風景画家です。僕は美術館にせよ、展示室の解説パネルは結構好きでそれを読み込むことに結構時間を費やします。作品もさることながら、中村善作の言葉がいい。自然との向き合い方。写生と向き合う際の覚悟。いい文章だなぁと感心。前景に若い女性が背中を向けて小樽港を見渡す風景画は僕も見覚えがありますが、やはり絵は風景を写すと同時に、それを見た自分が新たにその風景を見る観点が変わるという効果があり、その相互作用が楽しい。美術館である程度見知った場所の風景画を見る喜びの一つはそれです。中村善作という人が小林多喜二と同時代人で交流があり、伊藤整との関係もあるようなのには吃驚したな。あと、昔は絵の描き方の本があったんですね。そういう本で中村氏は寄稿されています。絵と誠実に向き合った人のようなので、その文章をまとめて読みたいものだ、と思ったものです。

 そして最後にとって置こうと思う小樽文学館は2階だけど、先に3階の『市原有徳(ありのり)記念ホール』に。こちらは外観からして現代的で綺麗。
 入ると何というか、一挙に前衛的な世界です。こちらはいわば版画家なのでしょうか。抽象版画というか。市原氏のアトリエ、というかほとんど工房というかミニ工場の一室の如き有様ですが、それを再現したところがあり、そこがまた凄い。芸術工房というより、何かの製造工場みたい。スキンヘッドの熊さんのさきがけみたいですね。
 作品は基本前衛的。ただ、ある種の作品は圧倒的な異世界を見せるような説得力があり、無機質な質感を感じさせるというようなことが解説パネルに書いてありますが、独特な有機物性、なまめかしさを覚えさせるものもあり、なかなか一筋縄でいかない感じだなと思いました。中村善作もそうですが、何ら予備知識なく異質な世界を見たので、ホールが出て映像が流れている美術紀行番組で市原有徳さんの紹介番組をしばらく見ました。この方も小樽で定年まで安定した仕事を持ち、ずっとこういう前衛作品を小樽で作っていた人なんだ。ある意味、中村善作さんと好対照なんだなぁとこの対照ぶりが面白かったのでした。

 さて階段を下りて、目的の「小樽文学館」へ。入り口がまたなかなか立派でユニーク。どこがユニークか説明が難しいですが(笑)ざっと奥行きまで眺めますと、なるほど同じ文学館でも札幌とは違いだいぶ面白い空気感を醸しています。まずは企画展である「小樽・新聞物語」を見ます。展示物は明治から昭和初期の新聞ですが、解説文が実に面白い。何というのかな。今も昔もかわらぬ人の下世話さ、おっちょこちょいぶり、そこはかとないユーモアやトホホ感覚。これをまた新聞がちゃんと大衆狙いに大真面目かつ下世話に書いていたことが分かります。明治から現在まで。変わらないことは変わらないのだなぁという実感と、先述したように、それを解説してくれる表現がポップ。面白く、何度吹き出しそうになったことか。

 後は本流である小樽輩出の文学者たち。もちろん小林多喜二であり、伊藤整であり、小樽に滞在していた石川啄木であり、あるいは小熊秀雄というあたりの分類展示です。啄木は知る人は知る。有名な天才気どりだった人であり、借金王でもありでそこら辺をツッコミいれた企画展同様のユーモアで見学者の興味を引きます。(寝そべった啄木の人形がステキ。欲しいw)

 しかしさすがに小林多喜二や伊藤整の展示にその遊び感覚はありません。文学館創立期からの柱でしょうから、なかなか崩せないかもしれません。多喜二の死にざまや名前通り伊藤整の雰囲気から茶々を入れる空気もさすがにかもせないかも。でも、多喜二と伊藤整って整の方が一つ年下の同時代人なのですね!全然知らなかった。面白いことに現在の小樽商大に当たる学生時代に一緒に学生芝居に出てる写真がありました。また、多喜二のデス・マスクも展示されていますが、確かに整ったハンサムな顔立ちです。下衆な言い方ですが、多喜二の人気はこの若さと美貌は無視できないのではないでしょうか。

 当時の多喜二死亡の新聞記事がありますが、さすがに官憲批判こそ載せていませんが、意外と不審死を疑わせるもので、母の狂おしい嘆きも紹介され、かなり多喜二に同情的な取り上げ方です。こういう新聞の取り上げ方は現代とはそんなに開きがあるとは思えず、ちょっと怖いような気がしました。 

 後は個人的にビビットに響いたのは詩人としての小熊秀雄でしょうか。名前だけは知っていましたが、作品は知りませんでした。こちらのパネルで紹介されていた「魅力あるものにしよう」は思わずグッとくる作品でした。

 やはり文学館ですから、言葉が立ちあがる場所です。言葉と出会って感動する。その醍醐味を小熊秀雄の詩からしかと受け止められました。かの人の詩はこちらのサイトで読めます。

 とはいえ、この文学館のユニークさや、凝り方は相当なもの。小樽が生んだ、あるいは小樽に住んだ石川啄木等の生きざまをユニークに取り上げた解説はトホホであると同時に自分なんかはとても共感するもの。

 仕事嫌いで生涯自由人だったアナーキズム川柳人・八橋栄星ですとか、社会人生活に力が入らない側での名前どおりな並木凡平さんとかね。
 小樽でプロレタリアとかアナキズムを標榜した川柳運動があったなんてねぇ。まるで江戸の狂歌運動みたいですね。

※このあたりの人たちですとか、北海道の文人たちをユーモアたっぷりに取り上げた高山美香さんという方のコラム、「北の文人 立ち話 」はおそらく絶対読んで面白いでしょうね。全部はまだ自分も読んでいませんが。(概して昔の文学者は徹底している人が多いなぁ。。。)

 そのような次第で堪能させて戴いた美術館と文学館。ひきこもり名人、勝山実さんも気にいる施設になるのではないかなとしみじみ思いました。小樽には文化あり、を改めて思いながら、お向かいの日銀の建物を写して。

 午後3時半すぎ、小樽港を見渡せる手宮公園へ向かいます。



 いい景色を眺めながら、少し早い文化の日を思い返しつつ、帰路へ。

 実はこの後、ハイロウさんが少し前に訪れたことがあり、ブログで触れていた大変興味深いスペース、坂ビスケットがやっている?「レトロスペース・坂会館」をまずは場所の確認して帰ってきました、と稿を締めようと思っていました。もう午後も5時くらいになると外が真っ暗ですしね。ところがまだここが営業?してたのです。ナント!

 そして入ってびっくり、あけてびっくり。アッと驚くタメゴロー。このスペースの展示はぶったまげ。

 その感想はこれだけ長くなるともうそれこそ書くスペースがありません。でも本当にここは凄い。好きものには何度来ても飽きないだろう、異空間であり、かつ人びとの情熱と情念の場所。

 こちらは写真撮影OKの場所でしたので、それこそ稿を改めて書きましょう。その時間があれば、ですけど(笑)。いまのところ。
 でも、さわりとしての写真を2枚ほどw




2011年10月9日日曜日

ややこしいシステム

 実は国民年金にまた切り替わって以降、8月分と9月分の国民年金保険料を納付していたのですが、私は月400円プラスアルファする付加年金付き保険料という形で払っていました。現在定額で15,020円ですから、15,420円です。
 そしたらば、先月年金事務所から連絡があり、一度厚生年金に加入し、国民年金から形式上脱退しているので、付加保険料付きの年金保険料納付を8月9月とされているけれども、一端そちらの付加保険料は返還するので、8月については国民年金の定額期間にして、9月分に関しては10月末まで400円のみ付加保険料を納付してもらい、10月分以後に関しては、付加保険料納付き国民年金へ加入するなら、新しい納付用紙で支払ってほしいとの話。
 上記の文章自体、そもそも分かりにくいかもしれませんが(笑)、まあ了承しましたということで、そこから先が長い。9月の初旬くらいに連絡があってから、「付加保険料納付申請書」が送られてきたのがほぼ下旬近く。

 電話した時にも話したのですが、納付用紙そのものは全く同じ形式の付加保険料付きの用紙が手元にあるわけで、それは結局同じことではないですか?と問うたところ、用紙は同じだが、再手続きを経た後で、同じ納付用紙で新たに付加年金加入という形をとって欲しいとのこと。
 ここら辺ですでに効率の無い煩雑な手続きが絡んできます。

 その後なしのつぶてで先週の金曜日にやっと今度は「保険料の還付申請書」と9月分の400円のみ納付する用紙が送られてきた。800円ですよ。そのいかにも社会保険事務的な用紙に記入し、印鑑を押し、800円を返還してもらう。それも1月から1月半後。場合によれば、もっと遅れることもあるという。繰り返しますが、800円なんですよね。いかめしいこと。そのまだ返還されない800円はひと月半後に銀行に振り込まれ、先に9月分の400円は今日10月9日にコンビニで納付してきました。

 国民年金保険料は、厚生年金保険の保険料も同じですが、納付は次の月の末日まで。とはいえ、納付するなら同月分は同月に払っておきたいとの思いもある。だけど、先週送られてきた還付申請書と9月分の納付用紙が年金機構で把握されるまで、10月分以後の新しい納付用紙は届かないのだろうなぁ。こちらも蓄えとの計算があるんですけど。。。まあねえ。。。。

 次の月の末日まで払えばいいとはいえ、納付用紙のやりとりをする間にこう多くの事務手続きが煩雑にあると、下手して忘れて納付月に間に合わないということだって起こりうる。
 まして付加保険料というのは、他の一般保険料と違って納付期限まで納付しないとアウトになるシステムなのだ。もう少し間に入る手続きシステムは簡略化出来ないものかねぇ。
 社労士の勉強というのは、ある意味その煩雑なシステムに食い込んでるともいえる、悪い言い方をすればね。その代理人になる勉強という側面もある。
 しかし、流石にこういう無駄な時間経過はいいことじゃない。
 まるで付加保険料なんてマイナーなシステムには加入しても意味ないじゃない?って年金機構みずから思っているような感じがしますです。