2019年1月5日土曜日

from punk to post punk



お正月に自分のために買った一冊、というのは「嘘」で、Amazonで購入したある昔のCDにいまゾッコン中なのですが。この本も昼寝抜かしてのゾッコン1日で全部読みこみ。


77年のピストルズのアルバムあたりを起点としたオリジナルパンクムーブメントの後に続くのは一般にはニュー・ウェーヴといわれたものでしたが、実はパンクのあとに注目すべきはもうちょっとインディペンデントの音楽とか、他の分野のカルチャーに影響を与えたポストパンクといっていい一群。(当時から既に一部で”オルタナティヴ・ロック”とも言われ)。
文字通り主に若い人自身が経営するインディレコードから英国中心にたくさんのバンドが出てきました。片方にパンク後にも音楽シーンに残ったメジャー系のパンク残党たちもいれば(こちらは元々音楽的な才能があった人たち)、インディシーンのほうは本物の玉石混交。音楽を深く了解してる才能も居れば、文学畑、政治畑、アート畑にもともとは関心があった連中、とさまざまな関心分野の参入があり。どこぞの文化祭なみにインパクト勝負だ、という連中もいましたが、そのインパクトゆえに今でもマニアな伝説のバンドたちもいる。



そのようなカルト伝説の人も含めた当時のシーン。そしてそういうことを始めた人たちを訊ねて彼らの音楽原体験などを含めたインタビュー。多くは当時から35年近くも経った2010年代前半の、おおむね50代がみえた人たち。もう落ち着いた年齢からの青年時代の振り返りなので、当時はミステリアスな存在に見えた人たちも実は「ごくふつうな音楽ファンでした」という現実ぶりがうかがえて。


ぼくもかつてとは違い、いまは当時のインディ英国シーンにハマった時期の憑き物はだいぶ落ちているので、落ち着いた歳になった彼らの音楽原体験や、音楽を始めた社会条件の振り返りはすごく自分的にもフラットに響くし、世代間断絶の話しでなくなったぶん、何が彼らは素朴に好きだったのかがわかり、いまそれを知れて率直に嬉しい。



本当に音楽好きだった人たちのポップスやロックとの出会いの感動や衝撃の話はたいがい子ども時代まで遡るし、その感動が伝わる。(特に文学的なモリッシーの表現は格別でした。ブログで表現したくなったのは彼の語りによる)

そして手が届かないと思えた音楽シーン、本当に自分もバンドをやってみよう、こういう世界の周辺に関わろうと思ったその触媒にセックス・ピストルズがあった、という共通項もほぼみなが認める事実で、「なるほどな」とあらためて思った。そんなピストルズそのものだったジョン・ライドンから80年代デビュー組のモリッシー、ソニック・ユースのサーストン・ムーアあたりまでの24人のインタビュー。



この歳になると、縛りがなくなりどんな音楽もたいがいは受け入れて聞けるというのが年を取っていいことだな思うことだというのが実感。ジョン・ライドンもいう通り、ぼくも民族音楽が好き、スティーライ・スパンのような英国フォークリバイバル・バンドも好き。

その意味ではAmazonミュージックのような聴き放題サービスは助けてもらっています。正直な話が。「GAFA」問題があるのは了解できるにしても。悩ましくうれしくもありで…。



しかし、クラシックしか聞けず、器楽の練習をさせられた地獄の小学校音楽の授業に例えば中学入る前後頃にぼくがごく初期のチューリップやあるいは井上陽水に出会わなかったら、あるいはビートルズに、そしてパンクに出会わなかったら、音楽そのものが嫌いになったかもしれない。関心持てなかったかもしれない。

音楽業界に長くいる元パンク組だっていまはクラシックを聞いてるわけだし、ふつうに彼らの伝統なわけで。ぼくもいまは例えばカーラジオで誰が誰かはしらないけど、クラシックが流れたら消したくなるということも無くなった。



音楽は素敵。例え入口がめちゃくちゃな騒音に思える半分素人のインディミュージックからだとしても、衝撃と燃える想いを抱けたのであれば。そしてそこにこだわれば、最後はクラシックだって嫌いはしなくなる。そういうことなんだということを小学校から音楽の授業は受け入れてほしいよね。

2019年1月4日金曜日

昨年の10冊ー1

 昨年印象に残った10冊のうち、3冊は昨年の具体的なインタビューに関連する本で、感銘を受けたものを挙げた。それは大阪の日雇い労働者の街、釜ヶ崎に関する本である。以下、本日はその3冊を含め、5冊印象深かった本を紹介したいと思う。


●『釜ヶ崎のススメ』(洛北出版)原口剛、稲田七海、白波瀬達也、平川隆啓編
 現在ある釜ヶ崎(JR大阪市新今宮駅周辺)ドヤ街の前身があった場所の歴史的経緯から、実際に日雇い労働者になってみたフィールドワーク、日雇い労働者の働き方について、暴動を含んだ労働運動史、実際のドヤの居住性、長期失業によるホームレス化、反失業の運動、生活困窮の人たちの繋がりとなるキリスト教の活動(社会運動としてのキリスト教、個人の魂救済に力点を置く布教型キリスト教)、労働者から福祉の街に変貌する釜ヶ崎について、安宿を求め釜ヶ崎に泊まる外国人観光客の動向など。ある種究極の非正規労働である日雇い労働者が集まるまち釜ヶ崎を軸に、その変容のありかはふつうの先進国となった日本社会の今後における先験的な動きを伝えるものに思える(『日雇い労働者がリハーサルをし、フリーターが本番を演じている』)。

 内容は柔らかいエッセイやイラスト、たくさんの地図なども掲載され読みやすい作り。編者があとがきで書かれているように、釜ヶ崎のことを知らない人にとっても分かりやすく、それでいながら研究のクオリティを落とさない本として成立している。釜ヶ崎入門、また応用的に考えるならば、今後よりいっそう展開されるだろう労働場面、例えばにわかに日本でも入管難民法改正で外国人労働者を受け入れることが決まり、今度は新しく外国人労働者のことが想像の域内に入ってきた。この事態は単純労働者の受け入れ、という点で新たな「寄り場のない流動する下層の労働者」を作らないだろうか、実習生にとっての悪質ブローカーは釜ヶ崎の悪質手配師と等価なものといえないかなど、人々の流動性にまつわる課題などについても思念できる良質な本といえます。



●『無縁声声ー日本資本主義残酷史』(藤原書店)平井正治
 1927年(昭和2年)生まれで、1961年に日雇い労働者として釜ヶ崎へ定住され、港湾労働組合などで労働運動で活躍し、その後も釜ヶ崎に関する貴重な資料を収集し、かつ自分も執筆した釜ヶ崎での労働運動に関するビラ、あるいは釜ヶ崎の労働者が活発な時期の新聞資料など、学術的にも貴重な資料を残して「釜ヶ崎の生き字引」と呼ばれたかたによる語り起こしを中心にした本。前半は釜ヶ崎前史について知り得たことの語り(貴重な地理史として読める)、また平井さん個人史に関しては戸籍を持たずに生き、終戦直後の共産党に入党、松下電気に入社するも労働運動を起こすことでレッドパージを受けたりし、かつその共産党からも「反革命分子」としてリンチに遭遇するなど、前半生の身体を張った生き方が生々しく語られ、同時に社会や人間、釜ヶ崎から見た社会経済構造など観察眼を鋭利に持ち、肉体労働者でありながらのそのインテリジェンスには舌を巻く。第一次釜ヶ崎暴動の頃から日雇い港湾労働者として釜ヶ崎で働くが、その労働に関する観察、また日雇いにおける仲介者(手配師)、飯場親方、行政らの態度に対する毅然として忌憚のない一貫した姿勢は「ひとりの人間ここにあり」として特筆ものであると言っていいだろう。

 後半に平井さんを囲む対談が載っているが、聞き手が言うように「思想家で、釜ヶ崎の住人で、港湾の日雇い労働者というのを超えた、まだ何かがある」「あえていえば、革命家。政府を転覆する意味ではなくて、世の中で誰も見ていないものを見ている。そのものの考え方とか、意識とかが非常に革命的だ」という表現がぴったりとする。この平井さんの船内労働の具体的な内容や、大阪万博時の状況、暴動をも利用する労働運動の活動などについて仔細に、情感を持って語られる。この語りから大阪の経済復興、高度成長、長期不況までがリアルに見えてくる、単なる個人史には到底できない日本の現場労働史でもある。いまの廃刊状態がなんとも惜しまれる。ぜひ復刊を望みたい。



●『叫びの都市』(洛北出版)原口剛
 昨年9月にインタビューさせていただいた原口剛さんの渾身の著。序章と終章において専門である空間人文地理学の知見を背景に釜ヶ崎労働運動史、暴動史だけに終わらない釜ヶ崎という場所の「空間と世界」への一元的思考を複眼的なものへ転換する。その上で第1章から第5章で釜ヶ崎という場所に寄せ集まり、寄り集まった大量の単身男性労働者のうごめきを幾人かの活動家の実践を埋め込みながら、主に1970年代までを中心に釜ヶ崎という空間での語りの依り代となって、日雇い労働者の側に徹底的に立つ。彼らの肉体を利用する手配師や飯場の親方、また彼らを軽視し時に敵対する警察、矛盾を無視し大阪万博のために大量に肉体労働者を一箇所に集めた行政。それらと労働者の生存が抑圧されて沸点に達するとき、労働者たちは対峙し暴動が何度も勃発した。そして今では労働者は高齢化し、同時に現役の非正規労働者は携帯で労働センターという労働市場により集まらず、ネットで日雇いに従事する。つまり対抗の集団が形成されなくなってきた。
 また、釜ヶ崎の労働センターも今では改築が迫られ、スラムクリアランスのジェントリフィケーションの対象になろうと画策もされつつある。土地が浄化されてしまうとその土地で起きていたダイナミズムは忘却される。著者が言うように、「この本は反時代的な本である」。記憶を忘れてはならない、ということを主眼としている。
 写真を含め全編に渡る緊張感は、釜ヶ崎といういわばミクロな空間の歴史を主に丹念にたどりながら、先述したように序章と終章でマクロな問題と今後の流動的労働者の問題意識へ開かれる。

 この本において、先述したように今後想像される外国人の単純労働者受け入れによって釜ヶ崎のある意味厳しい歴史が反復されないだろうか。平井正治さんがいうように、先を見据えた単身者住宅、労働者住宅を真剣に考えないと矛盾が前衛化するのではないか。そんなことも考えさせられる。






●『現代社会用語集』(新評論)入江公康
 「はじめに」に書かれているように、社会を知るためにはまずはあたりまえを疑うこと。そのためには社会の「外部」を感じるためのとっかかりが必要だという考えのもとに社会学の用語が解説されている。普通の社会学用語辞典と同様なもの(「家族」など)から「肉」など、筆者の思念を軸にしている用語もあり、言葉や人物、映画とテーマ分けしているけれども、選択は割と恣意的になっている。ふつうの用語辞典が持っている客観性を標榜するために言葉に宿るエモーションが濾過されてしまうことがなく、著者の思いが率直に露見しているのが読みどころ。その情念があるゆえに読んで面白く、面白いがゆえにためになる。また、ひとつの用語に字数を多く割いてはいても簡明さは失われておらず、そのあたりもさすが。
 個人的に深くうなづいたのは「新自由主義」の項目。“新自由主義の世界観を検討すると、そこには歴史も時間の奥行きも空間の複数性もない。そのつどそのつど、のっぺりとした空間で、目先だけの行動のみを正当化する考え方が中心にある。目の前にあるものだけが真実。ほかのことは見ない。ダメなら入れ替えればいいというイージーな世界認識だ”
ー同感である。そしてそれは自分自身も捕まってしまっている蜘蛛の巣でもある。
 
 現代の混沌とした社会をただ混沌としたものとして受け止めるのではなく、構造的に理解する手引きとして有効な本で、この本を手元に社会系の本を読むのにも役立つかと思う。



●『NO FUTUERーイタリア・アウトノミア運動史』(洛北出版)フランコ・ベラルディ(ビフォ)
 1970年代中期に始まり、1977年3月に高揚し、9月に活動家が弾圧されたイタリア・アウトノミア運動の活動家による当時を振り返りその運動を解釈した本。数多くの当時のイラストやコラージュなども掲載され、視覚的にも非常に刺激的。
 初版は1987年に、次の版は1997年、また日本版の序文と3つの考察的な長文の序文が最初に掲載されている。
 アウトノミア運動は自由ラジオ、スクォッテング(空き家占拠)、反労働、家事労働に賃金を、と多産的な運動だった。今からみるとどれも無茶なゲリラ行為に見えるが、当時自由ラジオを運営していたフランコ・ベラルディ(以下、ビフォ)によると、それは南部から来た若者たちの北部自動車工場でのサボタージュであり、その意味するところは元々の南部人気質によるものや、文化受容の変容が生まれてきていたこと、また労働の現場に関していえば、工場のオートメーション化、機械化による労働時間減退の必要があったのだという。
 また、労働運動活動家の学生や若者たちにとって重要なのは77年が20世紀最後の共産主義運動と理解できると同時に、最初のポスト工業化時代の運動のかたちであり、ポスト共産主義運動であったということであった。しかし当時はまだ階級闘争の革命運動の思想や理念があった。若者たちの要求は「生の質」や、実存を現実化する欲望、工場労働への奉仕という制約から時間と身体を解放したいという意思であって、その意識の違い、矛盾は断ち切ることができず、運動を持続しきれなかったのだと。
また、運動家も当時の過激左派の犯罪にまぜこませて逮捕が相次いだのも大きかったと。
 ビフォは弾圧を恐れフランスに半ば亡命、精神分析学者で哲学者のガタリに匿われたり、その後はアメリカに渡ってサイバーパンク、コンピュータのオープンアクセスに活路を見出そうとするなど、鋭敏な感性でさまざまな方向に向かう。活動の多くは市民同士の自由なコミュニケーションツールを求めることであったが、それらはほぼ資本主義の営利追求に呑み込まれたという意味で彼の夢は砕かれ続けてきたといえるだろうが、それだけに鋭敏に現代の感情労働や認知労働による労働者の能力収奪を鋭く見抜いて問題視している人物だと読める。
 
 90年代終わりには「無垢」というかたちでの収奪からの離脱を説く(『無垢は反抗すると同時に反発をやめる。無垢は凋落が避けられないことを自覚しているが、倫理的にそれに巻き込まれる』)。
 無垢による離脱を考えたビフォは2008年に日本の読者のために「世界じゅうのひきこもりたちよ、団結せよ」というわかりやすい論文も寄稿しており、ひきこもりは無垢のかたちであるとして本書にも掲載されている。カルチャーの側からモノを見ている人のようであるので、表現に誤解を招く点もあるかもしれないが、その鋭敏な感性は刺激的であるがゆえに頭の柔軟体操としてこの本に出会えてよかったと思うし、社会のべつなかたちを想像し、べつなかたちに関心がある人に薦めたいものだ。

2018年12月22日土曜日

黒沢美津子女史の見たクラッシュ、ジョーストラマー。


英国パンクの二大雄のフロントマンだったジョーストラマーが亡くなってもう16年にもなるのかと。英国パンクが政治性が高いと言われたのはセックス・ピストルズが「アナーキー・イン・ザ・UK」や「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」でおきて破りな歌詞で登場したり、クラッシュが「白い暴動」などを歌ったためと思われるが、実際にはピストルズには「I」と「you」の歌詞曲が意外と多く、むしろ政治性にこだわっていたのはクラッシュのほうだと思われる。彼らの影響からメインストリートには出てこなかったが、ハードコアパンクなども生まれる(アナルコ・パンクを標榜したザ・クラスなど)「ロンドン・コーリング」からその反体制政治傾向が現れ、次作の、アルバムサイズ三枚組の「サンデニスタ!」でその政治性は第三世界の政治状況にも触れ始め、1977年に出たファーストアルバムで与えたイギリスワーキングクラス若者のダイレクトな共感性からは徐々に離れていきつつあったのは否定し難く、ワールドワイドな問題意識と本国での恵まれない若者と乖離が生じはじめただろうことも確か。サウンド面でもパンクから、ミクスチャーロックの草分けと言えるぐらいまで広がりを見せた。今はぼくは歌詞も含めて「サンデニスタ!」が一番名作だと思っている。幾分不必要な音響遊びが最終局面にあるとしても。

それにしてもクラッシュは同時代にUKパンクを聴き始めた人間には好きになってしまうと深くこだわりを抱いてしまう、思い入れが過剰になれるバンドだった。
(2004年に彼らのファーストアルバムについてブログに書いていました。痛いレビューです。こちらで、良かったら……。)

ぼくが初めてロックのライヴ、そして洋楽のロックのライヴを見たのはクラッシュの初めてにして最後の東京中野サンプラザでの2月の最終日ライブで、その日はFMとテレビ映像も入っていた。青函連絡船行き帰りの自分は完全なお上りさんで、もう82年頃だったのでパンクもニューウェーブへと呼ばれる流行変化がある頃だけど、もう来場するお客さんの結構がパンクスタイル、もうクラッシュ命、という趣きで熱気たるやムンムン。これはすごい!と田舎者は嬉しい驚き。ライブでもついに会えた!うおー、どの曲もみんな合唱だー、という。あれほど会場全体が熱気で燃えたライブは自分はその後知らない。強いて言えば、初来日を果たしたザ・フーのときがちょっと近かったろうか。でもそれもクラッシュに比較するとどうだろうか。


で、実はその後FMでその日のライブを聞いたら、「あれ?」と思うショボさもあって。ジョーストラマーの声が出てない。ギターのミックジョーンズは絶好調だったが、結局リードボーカルのジョーの声の調子が日本ではイマイチだったわけで。実際当時のツアー・スケジュールはかなりハードだった。初日のジョーはステージ脇にバケツを置いて、もどしながら演奏してたとか……。当時の映像もNHKで放映されたが、けっこう政治色も強調され、曲によっては訳詞も入る、という。番組の作り手も熱かった人たちなのだろう。いまからは想像もつかない。

さて、そんなファンも熱くさせるバンド、クラッシュだが、実はクラッシュの場合特殊な面というか、すごいのは業界関係者にクラッシュやフロントマンのジョーストラマーに惚れ込んでしまった話が多いことだ。身近に彼らを見た、ジョーストラマーと接した人たちが圧倒された話がとっても多い。音楽評論家、バンドの所属レコード会社、クラッシュに影響を受けたバンドたち。エトセトラ、ジョーストラマーに惚れ込んだという人は多い。日本ではカメラマンのハービー山口さんがプロになるきっかけとなった偶然ジョーストラマーに地下鉄乗り口で出会ったエピソードが有名だし、音楽誌、「ミュージックライフ〜ジャム」の編集長、水上はるこさん。日本の所属レコード会社、エピックソニーのクラッシュ担当だった野中さん、そして音楽雑誌、「音楽専科」でUK情報を発信していた黒沢美津子さん。

僕も当時は黒沢さんの英国レポートを読んでいて、硬派クラッシュだけじゃなく、もっと幅広いバンドのレポートやインタビューもあったけど、なぜ黒沢さんが英国に長期滞在して、パンク~ニュー・ウェイヴ時代を過ごしたか。実はクラッシュの影響だというのが、ロックジェットという雑誌の2004年の黒沢さんへのインタビューで判明。

ジョー・ストラマーの命日を忘れていて、昨日たまたまこの雑誌を読んだら、黒沢さんのインタビューを読み返してもう、その熱さ、真剣な受信の熱に燃えました!
クラッシュがいつまでも飽かずに好きだ、とついいつでも思ってしまうのはロックを紹介する側、クラッシュとかかわった人たちの語りが熱い、というのも圧倒的にある。彼らの語りがクラッシュというバンド、ジョー・ストラマーという存在への憧憬をいつまでも保たせる。熱が感染する。改めてそう思うのです。以下に黒沢さんのクラッシュにかかわる長文ロングインタビューを貼りますのでぜひ読んでみてください。クラッシュに出会う前段に、ゲイの誇りを高々と歌うトム・ロビンソン・バンドと言うバンドのトム・ロビンソンへのインタビューの内容に触れているところから始まります。
相互に若さ、という共通点があったにせよ、人が人にこれだけの感染させ、行動に移させる。そういうパワーのある存在がいたロックな幸福な時代を思わざるを得ません。







2018年12月20日木曜日

いろはmixi

mixiをぼくもやってましたが、もうIDもパスワードも忘れてしまいアカウントが雲の中を浮遊してますよ。mixiは初期のSNSという感じでしょうか。もう魅力がTwitter、Facebookに比べて相対的にどこかどう落ちたのかも忘れてしまいましたが。

それでもmixiの日記?でいちど「あ」から「ん」まで頭文字で50音トピックを立てるということに挑戦したことがありまして。なんとかやれたというのは、如何に暇があったかということですね。

一度どんなことを書いていたのか見直してみたい気がしますが、上記のごとく、mixiにアクセスできなくなっているので。
反応もまあ、対してあったわけでもなし(笑)

今度はいまのブロガーブログはiPadからすぐログインできる状態にしているので気軽に考えてやっていきたいと思います。まあ、気軽な話ばかりも書けないかもしれません。おそらくそればかりにはならないと思う。

ただ、過剰に高くなったブログの敷居は下げたいなと。インタビューサイトのブログは基本的にはインタビュー後記になるでしょう。
実はその前にも社会系のブログと洋楽中心ブログもあって、それらが取り残されてますね。
逆にいうと現実生活に反比例する表現要求だったのでしょう。書くことはインタビューに連動されてるいまではありますが、こちらのブログに趣味的な話も一括で集約していこうかなと思っています。

bloggerブログは広告がないのがいいですね。
過去に作り盛んに書いてたかつての二つのブログ。こちらに移行、インポートするのは無理かな…。



2018年12月19日水曜日

ブログ回帰も考えています。

最近はツイッターを気軽に使ってきました。
今後もそうしていくだろうと思いますが、ブログの利用頻度が著しく減ってしまった。
ブログは昔からそうなのですが、そこそこ考え考え、書き直しなどもしながら仕上げの文章が多かった。ツイッターの気軽さにブログ代用の感覚が強くなって、ブログの敷居は格段に高くなりました。

Facebookも使用してますが、そちらがどちらかといえば長文仕様。ただ、重い話題はあまりFacebook向きじゃない。
尊敬する人に日記や自伝的な要素を書いたらいいんじゃないかと言われて。でも格別話題があるわけでもなし。

とりあえず、同居している認知症の母のことなどの記載などの記録もし、より日常的なブログにしていこうと思います。

ツイッターの今後なのですが。
実はぼくの安倍政権嫌いや左派的傾向は認めるところなのですが、あまりに日々の政権批判的リツイートが多い。そのことは別に良いのですが、新聞も読んでるし、その日その日の政権の問題はあまり強調されても困るというか…。
いままではフォローには基本的に返してきましたが、ぼくは基本的にその人の考えている言葉が欲しい。

ですので、申し訳ないですが、広報的な政治的リツイート頻繁な人のフォローは外させていただきます、申し訳ないですが、いまは多数のフォロワーさんのどちらからというのも見分けできなくなっているので、今後確認の上、少しずつフォロワーさんでご遠慮いただきたい方は外させていただきます。
どうか悪しからずお許しください。
そろそろツイッターも10年近くなります。一度自分の中のリニューアルを考えてみたいと思っています。

ブログ、今後は気軽に使っていきたいと思ってます。

2018年8月14日火曜日

サブカルチャーを巡るプレイリストと仮想インタビュー。



名前は?: 杉本賢治

肩書きは:アルバイト

出身は?:北海道 札幌市。

あなたのスタイルを三語で:独身者、独学者、インタビューアー

これまでに見た最高のライブは?:素晴らしいライブ体験はいくつかあります。ロックに紐づけられた意味では、初めて観たバンドで、待望されてたゆえに観客の熱狂もすごく、全員合唱の一体化が実現したザ・クラッシュ。一回限りの日本でのライブ。中野サンプラザで82年の2月に見ました。自己記念碑です。

もし歴史上の誰とでも一緒に過ごすとしたら?:聖徳太子かな。実在してたかどうか知りたいし、渡来系の人なのかどうか。太子信仰がありますが、渡来系、土着系の争いの中で存在のベールやオーラがあって気になる。どんな立ち位置にいたのか知りたい。

一般的に脚光を浴びてないヒーロー、ヒロインは?:音楽と関係なく、ヒーローという括りでもないですが、熊本で近世史研究などをされている渡辺京二さん。もっと知られていい本物の思想家だと思います。電子本でしか読めない「維新の夢」という作品を読んでいます。このかたの研究でも大きな柱である北一輝と西郷南洲(隆盛)を中心に取り上げている本です。

今回のプレイリストのコンセプトは?:初めて洋楽に触れたビートルズから思春期に衝撃的な出会いになったパンク。そしてレゲエという流れだと思います。ボーカルはシャウター系が好きなので、ちょっとマッチョな感じかも。基本的にはビートルズの初期から始まり、ビートルズで終わる円環になった気がします。

繰り返し聞いた最初の曲は?:井上陽水の「夢の中へ」。

あなたの十代を定義する曲は?:沢山あるんですが。あえて象徴的に言えばセックス・ピストルズのアルバム。冒頭一曲目の「さらばベルリンの陽」かな?実はそのシングルB面曲である「サテライト」もショッキングな音作りで何度も繰り返し聞いてました。兄貴に「気が狂っている」と言われましたね(苦笑)

永遠に持ち続けたいレコードは?:レコードというマテリアルは希少性がなくなってきてて寂しいところです。ボブ・マーリーのベスト盤か、ジョン・レノンのファーストは持ち続けたい。ジョンのファースト・ソロはロック界の「人間宣言」ですね。ここまで赤裸々なものはない。文学ロックとしてずっと持ち続けたい。

インスピレーションを受けた歌詞は?:ジョン・レノンの「GOD」。幻想打破の曲ながらこれほど切なく美しい曲はない。歌詞と曲のシンクロを成し得た稀有な例のひとつ。あとはピストルズの「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」。ザ・スミスのモリッシーの歌詞の一群。

大声で歌ってしまうベストソングは?:エレカシの「俺たちの明日」。ただし、車の中で、ひとりで(笑)。

意外と好き、という曲は?:エルヴィス・プレスリーの「冷たくしないで」。何年か前によくベスト盤を車で聞いてて、エルヴィスの歌の巧さを再認識しまして。「ハートブレイク・ホテル」や「監獄ロック」のようなロックンロールだけじゃなくて、カンツォーネみたいなものさえうまいなー、と感心しました。

今聴いている新しいバンドは?:苦しい質問。本当に最近のバンドには疎くて。新しいバンドかどうかは知らないけど、groovers という日本のバンドをラジオで聞いてそれは良かった。リズムギターのグルーヴがそれこそいい。ちょっとイギリスの偉大なギタリスト、ウィルコ・ジョンソンを思わせます。




エルビス・プレスリー「冷たくしないで」
いわゆるロカビリーとか、ロックンロールのハードなイメージが強かったデビュー年にこんなお洒落なポップ・ロックンロールを歌えてしまっていたエルビスはやはりただ者ではないです。
ビートルズ 「シー・ラブズ・ユー」
イントロのプリミティブなドラムと、コーラス部からイントロが始まる斬新さ。とんでもないです。この後の「抱きしめたい」もそうですが、60年代初期からめちゃくちゃハイセンスです。メジャーコードとマイナーコードが入り混じる幻惑性と3人絡みのコーラスもすごい。特にこの曲は一緒に歌いたくなります。
ロス・ブラボーズ「ブラック・イズ・ブラック」
ワンヒットワンダーの60年代グループ。ですが、熱い名曲だと思います。昔、FM放送で60年代のポップ特集で聞いてぶっ飛びました。ゾンビーズの「二人のシーズン」とかもそうで。実に60年代の曲は素晴らしいと思った瞬間のパンク・マニア時代。この“黒い”ボーカリストの才能がのちにフェイドアウトしてしまっているのが惜しい。珍しくもイタリアのバンド。
ザ・フー「ババ・オライリー」
シンセが効いたドラマチックな名曲。中間部でギターのピートが歌う「10代は不毛の荒野」という一節が切ない。ザ・フーはギターを叩き壊し、ドラムはセットを投げ飛ばす荒くれ者のイメージが強いのですが、実は60年代というカルチャー大変化の時代。自分たちが巻き起こした若者文化の落とし前をきちんとつけようとするギタリスト、ピート・タウンゼントを擁するバンドで、世代断絶の苦悩を表現するコンセプトアルバムを何枚か作品化している誠実なバンドでもあります。
セックス・ピストルズ「さらば、ベルリンの陽」
曲がまだ東西ドイツが別れたベルリンの壁のある時代に「ベルリンの壁に行く理由がある」と歌い、イントロがナチスを思わせる軍靴の音ですから。物騒極まりない。曲はラストに向かって歌い手は演説のように言いたいことが山ほどあるのだ、というテンションの高さ。ショックでした。
ダムド「ニート、ニート、ニート」
これもアルバム冒頭の一曲目。パンクは激しさや怒りのイメージ以外にもどこか妖しげな闇、デガダンな雰囲気もありました。ダムドの最初のアルバムはそんな雰囲気がある。あとは乱痴気騒ぎ。
ザ・クラッシュ「トミー・ガン」
テロリストを歌った曲。理由が自分にはわからなかったけど、この時代のテロは宗教テロだけじゃなく、むしろ極左思想によるテロリズムが一般的でした。ビートルズの「レボリューション」よりもテロリズムに親和性がある歌詞に思える。クラッシュが政治的に危ないバンドなんじゃないか?と思われた時代の曲です。しかし、ヨーロッパは本当にテロリズムの被害が絶えない。
ボブ・マーリー「ワン・ドロップ」
この曲が入っているアルバム、「サバイバル」は今までのレゲエを超えて、アフリカン・ポップと融合する可能性があったと僕は思う。残念なことに若くして亡くなったボブ・マーリー。生きていたらレゲエの新しい展開がありえた気がしてならない。黒人にレスペクトされている人ですから、ベスト盤が世界でイチバン売れている人です。僕らや白人がマーリーを買っても、黒人がビートルズのベスト盤を買うだろうか?ということですね。
U・ロイ「ナッティ・レベル」
70年代までのレゲエの驚きは「イントロの驚き」にもあります。このガツンとくるイントロ。ボブ・マーリーの曲の上に乗せていわゆるDJが語るスタイル。Uロイのいいところは曲と対話するように、歌うように、DJするところ。
PIL「ライズ」
ジョン・ライドンがピストルズ解散直後に作ったバンドがPIL。この曲が一番ポップなPIL。メチャクチャ馴染み良い。80年代半ば、獄中にいたネルソン・マンデーラについて歌ったメッセージソングだと知ったのはのちのこと。「怒りはエネジー」という一節はそのテーマにおいて。でも当時は歌詞の背景を知らなくて、プロモビデオでヒステリックに顔を引きつらせているジョン・ライドンのアップを見る限り何に苛立っていたのか分からなかった。彼の出自、アイルランド民のオマージュだと思われるプロモビデオでもあります。
ザ・パラゴンズ「オン・ザ・ビーチ」
パンクとレゲエの親和性は非常に高い。特に初期のロンドンパンクを牽引した連中はルーツレゲエと呼ばれる同時代のレゲエをレスペクトしていました。最近ジョン・ライドンが来日、PILのライブに行ったけど、開演前のBGMはパラゴンズのリードシンガー、ジョン・ホルトのベスト盤でした。これはとろけるように美しい曲です。
キング・タビー「Kingston Town DUB」
レゲエにおけるインストゥルメンタル、ダブ(DUB)。それは音を抜き差しして、エコーやデレィをかける前衛的なもの。ダブにはダンスに寄りにリズムを強化するパターンと、曲自体を解体するスリリングさの両面があって、これは後者。ポップでメロウなボーカル曲を解体する大胆さがたまらない。
スティールライ・スパン「A Calling On song」
イギリスで、自分たちの伝統的古謡をロック的に再現する動きが60年代後半からありました。そのバンドのオリジナルメンバーによるファーストから。実に美しいコーラス。英国にはとてもとても美しい、女性トラデッショナリストの歌い手たちが沢山おります。
ジョン・レノン「労働者階級の英雄」
労働者階級がいかに、あらゆる手段で搾取されているか。レノンが素朴に、赤裸々に歌います。
エレファントカシマシ「恋人よ」
今宵の月のようにがラスト曲となる「明日に向かって走れ〜月夜の歌」。アルバムの一つ前の楽曲。僕はアルバムのハイライトはこれだと思っているのですが。宮本本人は当時のインタビューで「まだ文学的な気取りがあるなぁ」と、この曲を例に挙げて言ってたと記憶してます。素晴らしい、これこそエレカシの「らしさ」なのに。その後この曲がライブで演奏されることもほとんどないのでは?隠れた名曲で、素晴らしい歌詞で、宮本の曲の中でも最もエッジが立った歌唱曲のひとつです。
ビートルズ「ゴールデン・スランパー〜キャリー・ザ・ウェイト~ザ・エンド」
実質的なラストアルバム、「アビー・ロード」のハイライト。「ゴールデン・スランパー」はポール・マッカートニーのベスト曲の一つだと思うのだけど。組曲形式だから、あまり語られてこなかった気がする。でも最近はライブでこの曲をレパートリーにしているようで、大変評価もいいようで良かったです。










2018年6月19日火曜日


久しぶりのブログ更新です。
2018年6月18日。映画館のメンズディということで、カンヌ映画祭パルムドールを受賞した是枝監督の「万引き家族」と、その是枝監督と気脈を通じていそうな川瀬直美監督の「Vision 」を一緒に見てきました。

「万引き家族」は受賞にふさわしい大変素晴らしい作品でした。ただ、今やイギリスの社会派、ケン・ローチが取り上げそうな文脈の作品を日本人監督が映画化し、カンヌ映画祭で大賞を受賞するという点に時代の変化、日本社会の変化を感じました。
作品のタイトルが「万引き家族」ということで、一部でタイトルに不快を感じている人もいるようですけれども、彼らが盗んだものは「嘘」(機能不全家族)ではなく、「本当」(愛情を築き上げていくこと)のことであるということが見ているうちにわかってきて、タイトルの意味にハッとしました。映画の後半に犯罪者とされたこの疑似家族の妻は「捨てられたものを拾っただけなんです」と印象的なことを言います。また、夫(父)を演じるリリー・フランキーは万引きする行為も、「店が潰れない程度ならいいんじゃないか」と家族員の男の子に言います。この考えの中に無意識に子を捨てる家族がそのまま店舗の外見のように、機能しているように見える状況への皮肉があると思えました。
とはいえ、(実の祖母ではない)祖母役の年金だけが主な収入源で、夫婦と子供ふたり、そして虐待を受けた女の子を受け入れるこの5人家族はみんな社会的にはとても弱い人たちです。弱いがゆえに脆弱な方法を取らざるを得ない。つまり万引きとか、風俗産業でお金を稼ぐとか、さまざまな一般社会では許されない方法で生きるしかない。子どもに対しても万引きでしか生きる方法を伝えることができない。しかし、彼らは社会的に弱いだけ。むしろ人間的な愛情が(社会的に弱いがゆえに)むき出しに近くほとばしり、弱いがゆえに大人も子どもも同じように生きる。その方法はいかなるものであれ、大人も女性たちも老婆も恐れも軽蔑もない関係で相互に支え合っているのです。
ここには一家の大黒柱になる役割の立ち位置のリリー・フランキーの頼りなさがいい関係性を築いています。その分女性たちがいい感じで、矛盾や脆弱さを持つ特殊な家族に生活感を与え、女系の持つ力の支えというものを感じる部分が、ある種アジア映画の特性があるような気がします。

作品は進むにつれ、実は家族成員すべて血縁関係にないことがわかります。
血縁家族というものが人間の愛情の根本的な源泉なのか。それとも、やんごとない理由であれ、肩を寄せ合ううちに「家族」の機能が醸成されることが本当の家族というものなのか。そんな現代的な問いを想起せざるを得ない説得力。これがこの映画の素晴らしさの所以だと思いました。

多くの人たち、特に児童や少年福祉に深い関心を持つ専門職の方々には特におすすめをしたい作品です。



2018年1月7日日曜日

架空対談・私の2017年の10冊(3)村に火をつけ、白痴になれー伊藤野枝伝


S「さて、三冊目は栗原康さんの伊藤野枝伝、『村に火をつけ、白痴になれ』です。

K「アナキスト、大杉栄のパートナーにして、大正アナキズムの女性活動家、伊藤野枝の評伝です。アナキズムとは何かとか、この本については栗原さんへのインタビューをぜひ参照にしてもらいたいですが。昨年思ったのは、若手の研究者を含めてアナキズムへの関心が再び盛り上がっているのかな、ということですね。その関心から栗原さんの本を読んでアナキズムをきちんと考え始めたんですが」

S「11月に福岡に住む森元斎さんに話を聞きに行ったのも、その流れね?」

K「そう。森さんの『アナキズム入門』はこのあと紹介しますが、こちらは世界的に知られるアナキズムのご本尊の人たちについてですね。でも森さんの本を通していろんな広がりがぼくのなかにあって本当に感謝してるんですよ。で、日本のアナキズムに関して考えるきっかけとしては、栗原さんのおかげの部分が本当に大きい」

S「デヴィッド・グレーバーなどもそうだろうけど、アナキズム再考という流れはやはり今のグローバリズム経済の暗部が噴出してることとか、グローバリズム経済で人々の移動が激しくなると、ナショナリズムが刺激される。そのナショナリズム=近代国家とは何か、その自明性っていったい何よ?という根本的な疑問に即して考えるツールとしてアナキズムという思想があった、ということかな」

K「まさにそんな感じなんです。で、本書に即して言えば、伊藤野枝さんというのは大杉栄や前夫の辻潤などを通して十全にアナキズムの思想とか、個人主義とか、徹底した自由主義の思想を身につけたんだと思うんだけど、思想から学んだからと言うよりも、元々の気質としてそういうタイプの人として描かれている気がする」

S「栗原さん曰く、『わがままな人である』と」

K「とはいえ、野枝の「わがまま」って、客観的な認識を経た上での自由の希求だったんだと思う。それは伊藤野枝自身の文章を読めばすごく感じるところ。なぜ自分はこのように考え、このような行動に至ったのかということは彼女自身の透徹しつつ平易な文章に触れればよく分かる部分じゃないかな」

S「本書で参照されている地元の担任の若い女教師の自殺を取り扱った小説、『遺書の一部から』を前半でけっこうスペースをとって取り上げてるね」

K「『青空文庫』にも格納されているからぜひ全文を読んでもらいたいんだけど。素晴らしい追悼作品。これは直接行動としての自殺であると。自分のことは自分で決めるということを示す行為で、ただ可哀想な死に方をしたんじゃない。自分の生命を縛っている縄を自分で断ち切るのだ、と。これは日本の村社会の無自覚な息苦しさを断じて、同時に自殺した先生に投影して、先生共々野枝も自己のアナーキズムの精神を告知する、緊張感ある作品じゃないかなと」

S「アナキズム思想というと、権力に弾圧された歴史があるし、実際に大杉、伊藤野枝は関東大震災のどさくさで甘粕大尉らの官憲になぶり殺されたわけだけど、そういう重い歴史事実を取り上げながら重苦しくない評伝になっているのは、これは栗原さんの筆致の軽やかさに負うところが大きいのではないでしょうか」

K「まさに読まれることを考えられた本としての完成度ですね。栗原さんはその後どんどんアジテーションとひらがな多用が目立っていくけれど、この頃は初期の『大杉栄伝』と現在との間にあって、もっともバランスがとれた逸品だと思う。栗原さんが持つ「文体」が確立した作品でもあるんじゃないかなぁ」

S「この現在の社会。さっきもいったけど、すごく息が詰まる傾向が増していると思うんだよね。それは僕らの中に他者との比較癖、という要素もたぶんあると思う。競争経済の暴走のみならず、他者との同調意識にとらわれやすい日本人意識も絡んでいる。だから、スポーツ選手などでも記録や順位より、常に自分自身との闘い、自分自身との向き合いかたのほうを大事にしている選手に自分はすごく好感が持てるんだけど。例えば栗原さんは大杉栄のいわゆる「生の拡充」とは何か?ということについてこう言っている。「ひとの生きかたに、これという尺度はない。つくりたいものがあればつくり、かきたいことがあればかき、うたいたいことがあればうたう。失敗なんてありはしない。自分の力のたかまりを自分でかみしめるだけなのだから」って。これは勇気をもらえる言葉だなあ」

K「そうそう。ある意味でこれぞ自己啓発じゃないか(笑)。そもそも自己啓発という形式に狙われること自体が他人に自分を持って行かれちゃってるわけで。始まりは自分の中なんだよね、核心はあくまでも。そのためにも自分なりに自分の望む方向にむかいたい。もちろんそこには自分と現実とのあいだの計算も必要になるわけだけど」

S「あとがきで、わがまま、友情、夢、お金。きっとこの優先順位がしっかりとわかっていたひとなんだと思う、って書いている部分がまさにそこに呼応しそうだね」

K「ああ。だからすごいこの人もセルフコントロールの意識が根づいているひとなんだろうなあ。僕はね。野枝のすごさは生活実感からアナキズムの思想を辿り、紡ぐことができた点にあるんだろうと思った。
 田舎で学んだ若い女先生の自殺、パートナーとの関係、ハマったミシンというものの各部品の動きから認識したこと、田舎の生活の相互扶助。そういった実感の中で考察したことがアナキズムを考える思想と結びつけることができたんじゃないかと。けして上から与えられたものを吸収したものじゃない。だから強い」

S「イデオロギッシュじゃなかったんじゃないか、ということだね」