2013年1月8日火曜日

この国はどこに行くのだろう?池澤夏樹新春エッセイ

 お正月も7が日が過ぎ、2013年も本番の感じです。
 しかし、私自身はどうもこの正月以後、気分がパッとしません。手がかりのない夢を見るには確かに年を取り過ぎていることを自覚してしまう側面もありますし、老いた両親への気がかりや、自分の今後のなりゆきの事を考えれば、身体重力が重く感じられる側面は正直あって、加えて例年に無い厳冬や例年に無い大雪という物理的なこともあるのでしょう。

 でも、それ以上に憂鬱気分が抜けないのは、昨年末の衆議院選挙の結果と新政権の誕生と、そこからもたらされるだろう政策や、方向性のありようを考えてしまうことです。
 大きく言えば、社会的マイノリティに属し、また、その種の考え方にも属していると思う自分のようなものにとり、自民党の政権奪還と安倍首相から溢れ出すキャラクターから滲む「信条」の国民へ向けたサインのようなものから見えてくるもの。それを考え思う際の”しんどさ”です。

 もう一点は、なぜ今の日本の私たちが再び安倍さんのような人を首相にし、安倍さんの思想に基づく自民党の主流に乗ったのだろうか?その私たち市民の感性のありようとでもいうものへのクエッションです。

 そんな自分の疑問を上手く表現してくれたのが、作家、池澤夏樹さんの1月5日新聞(当地では北海道新聞)に寄稿された新春エッセイ『この国はどこに行くのだろう?』でした。以下、逐次引用します。

 年が明けた。これがどういう1年になるかよくわからない。選挙の結果はこの国をどこへ連れて行こうとしているのだろう。安倍政権は国の力をどんどん強くするという方針のようだ。国民よりも国家、安全や福祉よりも経済、被災地より領土…
 
その後、あの選挙とは何だったのか?と問いかけ、人が家を購入する場合のことを比喩に、家の購入とは、購入に関する費用の返済計画も含め、真剣にならざるを得ない問題だ、と常識的な例を挙げます。そして選挙に関しても。

 本当ならば選挙も同じことなのだ。国の方針にはこれから何年かの暮らしがかかっている。選ぶ党によっては、あなたの来年の収入は倍になるかもしれない。もう少し先で、あなたの息子は戦争に行くかもしれない。
 しかしあなたは選挙をそこまで真剣には考えない。3年ごと4年ごとに巡ってくるのだし、家と違って一対一ではなく何千万人かの中の一票でしかない。だからあなたは理性よりは感情で決める。理詰めで正しいか正しくないかではなく、好きか嫌いかで判断する。(中略)政治という制度に期待しない人たちは投票に行かなかった。

 そして、3年前の民主党政権の時も今と同じように日本という国は状況は閉塞していた、と時代の空気を描き、

 初めは希望に満ちていた。国の雰囲気ががらりと変わり、日本は新しい時代に入るかのように思われた。
 
そう。思えば僕もそうでした。僕は民主党に投票しませんでしたが、鳩山政権発足時に各閣僚たちから発信された政策発言に、閉塞を刷新する何か希望を感じましたし、特に当時の鳩山首相の初めての所信表明演説で、東北の有権者の老いたお母さん、息子さんを自殺で失った母親の言葉を引用し、「いのちを大切にする政治」を訴えたときは素直に感動したものです。

 しかし、池澤氏は民主党は結局は実務に素人で、政治の現場のリアルに自分たちの思想を機能させられなかったと総括します。(僕もそうだったと思います)。

 そして、ここは最も重要なポイントだと思ったのですが、「今回の政権交代のどこかに東日本大震災は影を落としていないだろうか」と問いかけます。これ、全く同感です。そして2つの方向があったのではないかと仮説を出します。これも、全く同感です。

 例えば、311当日に首相の席にあった菅直人に対する感情的な反発。…(あるいは)
震災そのものをみんな忘れたいのかもしれない。現地の人々をその場に残したまま。

 そして、

 ずいぶん前からぼくたち日本人は新しいものを好むようになっていた。消費社会というのはそういうことだ。(中略)
 安倍政権はいずれ引っ繰り返るかもしれない。この先もずっとぼくたちは目先の新しい政治を選び続けるのかもしれない。

 もしも安倍政権がひっくり返ってもその先の展望はより良いものというふうには池澤氏の文章はなっていません。むしろ、気まぐれの果ての暗い見取り図を描いてエッセーは終わります。

 
 どう考えるべきか、と改めて思います。
 確かに真面目な人の投票行動を考えてみても、今回は政治家の側も有権者の本当のニーズに応える政党が見当たらなく、多くの政党が文字通り選挙互助会と化し、さながら非正規社員にとって価値ある就職活動とさえ揶揄されるような、国会議員という「職業」に就くための就職活動さながらの多党乱立ぶりで、真面目な有権者の投票行為に水を差すには十分な選挙だった点もあります。また、死に票がそれだけ多くなる分、「勝ち馬投票行動」になりやすい小選挙区制という制度上の欠陥もそれゆえに顕在化したとも思います。

 でも。池澤さんの文章を引用してなお、考えこんでしまうのです。自民党が訴え、政策化する経済成長戦略が庶民の分配のメリットになるとは思えないし、本質的に雇用状況が良くなるような公共事業政策とは思えない。大事なのは厄介でも「大型公共投資」ではなく、現役世代も含めた「セーフティネットを含めた労働政策」のはずでした。

 まして、参議院選挙の結果次第では、池澤氏が上述したように、「憲法改正がライフワーク」と公言する現首相の戦後憲法に向けたチャレンジが始まるでしょうし、その際には「人々より国家」のイデオロギーによって、少数派や、表現の自由を求める人たちにとって、不利な条件を揃えるものになっていくでしょう。自民党の改憲法案とはそういうものです。

 僕は思うのです。今の日本は本当に各所各部面で余裕がなくなってしまった?不安に覆われてしまった?故に、冷静に理性的な政治選択の判断も難しくなったのだろうか?と。
 制度の問題、政治家の浮き足立った問題と加えてあの3年前の政策重視、マニフェスト重視もどこへ行ったのか?と。そのように考えるのも倦むようなところにいま立っているのだろうか?と。

 自分の寂寥感は、自分自身の生き様の問題がもちろん一義的にはあるのですが、それに加えて、昨年の自民党の圧勝の政治結果にもあります。それを現実の中に共有できる環境にない。こうやってブログで独りごちていますが、これでは良くないとも思っているのです。しかし、ぼくという存在も含めた「日本のひとびと」の共通認識とはどこにあるのだろうか、と思い惑ってしまうのです。

 (表現の自由)
第二十一

1.集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。
2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。
(自民党改憲法案)


2013年1月1日火曜日

2012年を振り返る(Ust)

 
 
 
 あけましておめでとうございます。
 
 端的に言って、昨年の末の選挙の結果を受けて考えられることは、自分のような人間にとって、一層厳しい社会事情を生きることになるな、ということでした。
 
 政治も経済も社会に還流されるものだという事実がある以上、それは避けがたいものです。
 参議院選挙もあり、試練の年ですが、何とかこの現実を乗り切りたいものです。

 昨年、通信ひきこもりの取材で得たものは自分にとって人生においてもエポック・メイキングなことでした。そんな大げさな、と聞こえるほど、手持ちカードの少ない人生を過ごしたものには価値あるものだったのです。内容を外部にまとめる際に落とさざるを得なかった細部の伝えたかったものがありました。最も小さなところから、大きな社会を考えるヒントがあると考えています。
 それはドンキホーテのような考えでしょうか?


 2012年の大晦日に1年ぶりにユーストで「今年を振り返る」をiPadで収録したのですが、アップロードまで平気で5時間以上かかってしまいました。遅れてすでに年が開けてしまいました。((;_;)。
 奇特な人はご覧くださいませ。(1時間20分の馬鹿長さなので。ナントモお勧めしにくいものなのですが)

 2012年を振り返る(Ust)
 

(音声が小さめですのでお気を付けください)

2012年12月19日水曜日

「困っているひと」から「生きづらさ」へ

 昨日は半分は当事者意識、半分はボランティア的に係わっているNPOにて事業に絡む集いに行ってきました。

 いわば社会的排除に置かれている当事者の方がいて、そのご家族の方が中心に集まると思われ、確かにそういう立場の人が来られてはいたのですが。むしろ実際に話をされると、ご家族の困りごとというよりはご自身の悩みを中心に語られる場になっていたようで、深く考えさせられたところです。

 具体的なことは書けないですが、一般に人生のライフステージで起きる事柄、課題に向き合って頑張っている方々のお話なのですけれども、そのライフステージ上の頑張りにおいて、その頑張り中での悩みを聞いてくれる周囲の状況というものが無いのだなぁということが正直驚きでもあり、また今後の自分の人生上の課題も含めて考えさせれたところです。

 社会サービスの利用だけでは済ませられないその「人」としての心のありよう、つまりひとである以上普通に生活を送っている人、あるいはそう見える人々の悩みが、何故かこの「社会」というか、「世間」というか。そういう場で吐き出せる場所が無いように思われるのでした。

 語られた内容はもともとのNPOの趣旨とは多少別の枠組みでの問題とも言えるのですが、最近自分が感じるのは悩みや困りは「区別すること」が難しくなりつつあるな、ということです。

 それはそれで標榜するNPOの目的からすると対応の難しいことなのですが、さりとてそこに特化・限定できないものに広がっている感じがあったのが、昨日集まりに参加しての実感です。

 先に大学の先生に行ったインタビューでも「生きづらさ」というテーマの話の枠組みの中で、社会的排除にある人のみならず、一見社会的なというか、経済的なというか、労働者的にというか。そういう場所で勝ち残ったように見える人も「いつ、自分もどうなるかわからない」という不安と同居している感じがありますね。と語られたのが印象に残っていたのですが、その話を思い出したのが昨日でした。

 逆に浦河のべてるの家とか、釧路の地域生活ネットワークサロンなどのNPOや障害者の企業がその自分たちが持つ弱みを強みに生かしている。社会の問題が集約的に現われていると思われている所にこそ、新しい社会を構想するヒントがあると思います、という話は一見理想的に聞こえますが、でも、何か社会の側が「照り返されている」感じもします。

 う~ん。難しいな。
 今までの基盤が揺らいでいると、つい逆ベクトルが正しいという話にもなりがちなので、そこはバランスをとって考えなければならないけれども。

 ともかくいまの感想では、普通の人たちも生きづらさを感じている。その時、例えば選挙などの際に現れる政治に関する向き合い方としては、相変わらずの「無関心」か、あるいはまたもや強い力に引っ張ってもらいたい。はたまた自分を投影して自他を鼓舞する。弱みを見せちゃ駄目だという気分が反映している気がします。それって素直なことなのかな?と。

 僕にはその結果がより一層、困っている故の救済願望や、自分が強くなる、やはりもう自助努力しかないのだという考えで行くとすると、ごく普通の人が普通に話せたのかもしれないプライベートの悩みの持って行きどころを一層失っていくのではないか?という気がしてならないのです。

 子供っぽく書けば、社会が強がっている限り、歪みが広がるっていうのかな。

 で、いま実際の現実には「困っている。悩みを吐き出したい、ぐちを聞いてもらいたい」という一点だけでも集まって話し合える場が必要となるのかな…と思ったり。

 しかし、その具体的なものと考えると、答えが出せない。そんな思いを抱いています。

PS.記事のタイトルが適切かどうか、分かりません…

 

2012年12月2日日曜日

「ポストモラトリアム時代の若者たち」書評

『ポストモラトリアム時代の若者たちー社会的排除を超えて』村澤和多里、山尾貴則、村澤真保呂 世界思想社

 
 1997年から98年にかけて金融不安による大手銀行や大手地銀の破綻による不況の可視化に伴い、失われた10年を遥かに超え、もはや我が国の斜陽化は自明に思える。この期間、雇用問題や精神的な負荷は若者たちへと、一番中心的なしわ寄せをされてきたと言ってよいだろう。非正規労働の拡大化に伴い団塊ジュニア世代以降に際立つ問題としては若年ホームレスやひきこもり、ニートの問題として顕在化した。それは日本企業の要請の結果でもあったし、アメリカン・グローバリズムの帰結でもある。
 この間、幾つもの政策提言も含めた若者論が現われた。それら若者論の中でも、心理社会両面において昇華し統合された本がついに登場したというのが評者の最初の感想である。
 
 論点は多岐に渡る。しかし、共著者3人の筆者たちの問題意識に通底しているものは同じものだろう。細分化している若者たちにまつわる問題群や文化論は分解して見ていくと拡散してしまうが、筆者たちの問題意識として通底しているのは「モラトリアムの消失」と「若者たちのアイデンティティの危機」ということであろう。若者たちが成長のためのメタモルフォーゼを試みる時間の喪失が社会の変容による結果であることがこの本を読めば分かる。まさに、ひきこもりやニートなど若者たちに起きている問題は「社会と心のつなぎめ」で起きていることなのだ。
 
 本書を外観すれば前半で戦後の高度成長化における規格大量生産型のフォーディズム体制での若者の「理由なき反抗」が実は青年が大人に移行する過程において必要な自己再構成のためのモラトリアム課題であったこと、そのモラトリアムがアイデンティティ(自己同一性)確立のための心理過程であると喝破したE.Hエリクソンのアイデンティティ議論を踏まえて、若者のアイデンティティ・クライシスは、生き方の方向性喪失や、役割危機であり、敷衍すればひきこもりの問題も引き伸ばされたモラトリアムの中でのアイデンティティ拡散による危機の結果ということは言えるだろう。
 
 しかし、かような古典的な意味でのアイデンティティの危機なのであればその若者自身の役割取得の失敗と言えるかもしれないが、問題を現在社会的に見れば、むしろ古典的なアイデンティティ獲得のための心理的な努力をしたとしても報われないような社会の激変があり、すでに多くの社会成員が古典的な意味でのアイデンティティ確立の努力を経たのちに社会に入っていくという構造にはなっていない。端的に言って、社会が流動化し、その流動化する社会に適応しようと人々は常に自分のリスクを痛烈に感じながら生きており、モラトリアムを経てアイデンティティ確立を目指す若者たちを後押しすることは出来ない社会になっている。現在のようにルーティンの中では生ききれない動的な社会では、アイデンティティは常に揺らぐ。
 
 それ故に学生は常なるリスクに立ち向かうべく資格の取得に奔走し、無事に就労できるべく、かつて学生時代に必要だと思われた「どう生きるのか」「なぜ働くのか」と言った学外での学生同士の対話や、あるいは無為に思われるような「遊び」の時間を失い、モラトリアム期間を消失した時間に生きる。
 
 かくして、いわば「経済的モラトリアム」の中で学生時代を過ごし、「市場青年」たるべく無為な時間を喪失した中で「有用な時間」を生きる。
 
 アイデンティティ拡散によるひきこもりを経験している中年世代の評者としては、このような若者たちの余裕のなさ、あるいは猶予のなさが余りに残酷に思える。何が自分にとって大切なことなのかを考える暇も無いだろうからだ。勿論、古典的な意味でアイデンティティ拡散に陥り、社会的役割を引き受けられない。目標喪失し、自己決定を回避するという問題は過去から今に至るまである。今も昔もひきこもりなどの選択などは、アイデンティティ拡散の議論としてある程度説明は出来ると思う。
 
 しかし繰り返しになるが、モラトリアム期間における自分との向き合いの苦しさや危険、逆に「自己の世界観の広がり」は学生時代の無為の自由な時間の中にもあったはずだし、それが社会に豊かさや広がりをもたらして来たと充分に仮定出来る以上、現在の経済困難を主原因とするモラトリアム期間の消失は、社会に新しい風を入れることが出来ないという意味で、社会の不安定要因ともいえよう。古典的なモラトリアムの時代には、自己省察と自己再構築によって社会の枠組みの「理由を知り、豊かな見識を持って」(J.J・ルソー)再びそこに参加していくことが理想化された。またそのあり方が社会の成長と幸福な一致を見ていた。ところが流動化している現在進行形の社会では古典的なモラトリアムは通用しなくなってきている。

 それゆえに、古典的なモラトリアムの中で呻吟する者はおそらくひきこもっていくしかない。この「経済的モラトリアム」の時代においては学生は無為の時間を無為に過ごしながら思惟したり遊んだりできず、有用性の時間を生きざるを得ない、と考えられる。そして有用性の時間に”ノレない者”はひとつの選択として「ひきこもらざるを得ない」。
 
 若者たちが心理的な放浪が出来た時代は“放浪の共同体”が残っていたが、今は無いと本書では書かれる。放浪した若者たちを受け入れてくれる社会的空間もない、と。かように現代社会で「自分の物語」を持てない若者の時代は、社会にとっての「大きな物語」の喪失と分かち難く結びついている。ゆえに物語を喪失した「市場青年」になることを忌避し、「兵役拒否」をした若者たちはひきこもることが選択肢となる。
 
 大きな物語のない時代、そして古典的モラトリアムを経ての成長の物語が喪失した時代においては、新たなモラトリアム、いわば「主観性の地図」が自己の存在基盤を作り直していく生成プロセスとなる、と本書では数少ない(?)希望を語る。「主観性の地図」とは、既成の物語やマスメディアなどが作る出来合いの自己ではなく、自己が生きる世界の地図を自分で作り、その地図を生きてみること。もし失われたモラトリアムが再生するとしたら、その地図を作る過程のなかに、あるいはその地図が広がる空間の中にあると考えられる。
 
 社会将来のために試行錯誤し、旅の仲間を作り、地図を広げていける時間と空間の余白やスペースを作るのが現在進行形の社会における必要な役割になるだろう、ということになる。
 
 考えてみれば、若者たちにとっても最も辛い立ち位置にいる人たちこそが、一番多数派とは違う生き方を自覚的に選んで生きることを意識させられるのだともいえよう。その意味で苦しいひきこもる青年たちにこそ却って新しい生き方を提案するという難しい示唆を示す本でもあるが、共著者に臨床心理士も含む『若者サポートステーション』における若者ミーテングの実践過程の報告が、傷ついた若者たちへの一つのヒントになる。このミーテング実践の理念を知り、まずは自己承認作業を通ずることで、弱きところ、小さいところから新しい、この危機の時代の突破力になるということも同時に示唆しているように思える。
 
 他の論点としては「腐女子」の章でマンガのオリジナルをパロディ化し、キャラ萌えなどを通じての二次創作など、新しい自分流の編集作業を通じての生きがいをもつなどの面白い動きも取り上げれれている。

 そして若者社会変容の歴史を追えば、若者の反抗反発が社会から個人へとどんどん領域が限られていく状況があることを伝えてくれる。「学生運動」→「校内暴力」→「学級内いじめ」→「家庭内暴力、登校拒否、ひきこもり」と、異議申し立ての社会問題が個人病理へと変化しているという指摘もあって、目からウロコが落ちる。
 社会的つながりの働きは個人的な葛藤を集団内で共有しあえることが出来たが、共同体価値基盤が消失した現在では、それを「個人と制度」の中に回収してしまうという着眼も鋭い。
 
 社会の第三次産業化、サービス社会化の変化が与える影響については、ひきこもり問題を考える上で他の識者たちも多くが指摘するところであり、ある種の普遍性があるといえよう。
 また、この本においては「再帰性」という言葉が重要なキーワードになっている。その概念が持つ重要さはイメージとしては掴めるのだが、その意味が多分に多義的な使い方をされているのが、やや気になる点であった。文脈に合わせ、つどつどの解説は欲しいところであったというのは贅沢なところであろうか。
 
 いずれにせよ、自分の中で曖昧に持っていた「こうであろう」という感覚が理論としてきちんと提示され、何がしかハッキリ見えてきた気がしたのは大変に有難かった。この本の記述を通して見えてくるものは実に多いはず。特に若者支援などをされている人などには強くお勧めしたいところ。
 
 2000年代に顕在化した若者問題としては最も良心的な適切さを持つ本だと思った。唯一難点を言えば、やや社会学的な記述が多いので、その種の本に読み馴染みが無い人にはとっつき悪いところがあるかもしれないところかもしれません。

2012年11月4日日曜日

堺市の高校教師の取り組み

 ここ2日ばかり激しい風や断続的に降り続く雨にやられて、結構しんどい思いをし、今日は疲れた体を休めた状態ですが、それは北海道大学で行われている長期のイベント、『サステナビリティ・ウィーク』に参加の際、その帰りに諸に雨、風にやられたせいでもありました。

 しかし、人文社会学に関心がある私にとって「生きづらさを超えて」をテーマに行われた講演とシンポジウムは有意義でした。
 初日は「優しさのゆくえ」などを書かれた栗原彬先生の講演。昨日の土曜日は午前の仕事ののち、「学校と仕事が出会うとき」というテーマで、堺市の高校での現代社会授業の取り組み、そしてデンマークの職業訓練と人格教育を兼ねたと思われる「生産学校」の紹介をされた名誉教授(大学は忘れました)の二人の話とその後のシンポジウムに参加。

 個人的な関心に即して言えば、堺市の教育困難校で長く現代社会を教えられた教師、井沼先生の話が響きました。教育困難の理由としては、複雑な家庭環境や、厳しい経済状態が背景にあり、生徒の約8割はバイトをしています。そして残念ながら、退学率も高い高校です。

 井沼先生によれば、「言葉が通じない」くらいの生徒さんとの出会いが年々増えてかなりカルチャーショックを受けるようですが、複雑な家庭事情を抱えている子女が多く、必要性があってアルバイトをしている生徒さんが多い。そのアルバイトでは最低賃金以下、あるいは労働基準法を守らない使用者に安価に使用される労働力として生徒さんが使われているとの話。
 それで、井沼先生は抽象的な現代社会の勉強をするのではなく、彼らの実際の日々の生活に即したーすなわち、バイト込みの生活ーで使用者に利用されないよう、まずは「雇用契約書」をもらおう、そしてその体験を元にレポートを書き、事例を元にグループワークを行う取り組みをします。

 この取り組みの話は非常に面白く、雇用契約書をもらって、労働基準法を超えて働かされている事例、そもそも”雇用契約書?WHAT?”な使用者もあり。そこで気づきを得た生徒たちは「ムカついたり」「イライラさせられたり」しながらも、学校で自分たちが置かれた労働環境をフィードバックしながら、職場に再度新しいアプローチをします。
 なかには「使用者は毎日残業残業で、あるいは家庭にいざこざがあって」諸々の事情で社長や店長も大変なんだ、と呑み込んだり、あるいはパートのおばさんと話しながら上手く売り場主任会議から、店長会議に持ち込んで、ついに最低賃金を確保するという、職場民主化の手がかりの導き手になる子がいたり。

 この実践はある種感動的で、中には労働法にある程度精通していく生徒の中には「店長インタビュー」を行って、どこに会社の経費が使われているのか理解を深める生徒もいるのです。そのレポートなども感動的です。

 最初はバイトをやっても、待遇が悪いとどこかで感じても表現の方法が分からなかった高校生たちが、労働基準法や労働契約法を学ぶことを通して働く者の権利が守られていることを知る。そして、知った以上、何らかのアプローチをせざるを得ない。個々のレポートを見ると、その若者たちの瑞々しい現実との向き合い方にグッとくるものがあります。中にはこの取り組みに会社の人が感心し、法を守ることが会社のイメージアップにもつながるんだなあと気づくケースもあるようです。

 授業最後の自分のバイト先の店長などへのインタビューで過労、労働法違反の長時間労働、忙しくてまともな食生活も取れない実態を知り、ムカつく自分たちの扱いをする大人も大変だなあと気づいてもいくわけです。そうすると、改善意欲が高い生徒さんだと、そっから先の問題意識はポジティヴでしょうね。

 もうひとつ深く感銘したのは、この現代社会の授業カリキュラムです。バイト先から知る労働法のみならず、「契約って何?悪質商法」「キャッチセールス、ロールプレイ」、「一人暮らしの自立度チェック」「高校生のためのライフプラン入門」「賃金、女性と労働、解雇予告」、「社会保険」「派遣労働」「カード社会の落とし穴」「ローン計算」「最後のセーフティネットとしての生活保護」etc・・・。

 まさに、高校を出たあとに社会に直面せざるを得ない生徒さんのためのカリキュラムがぎっしりです。ここまで実際的な社会の勉強であれば、下手な大学生さんなどよりもより実践的な知、生きるための知識が身につくのではないでしょうか。

 280人入学すれば、80人が途中退学するような困難校ゆえにおそらく全ての授業が真剣に学ばれるということはないかと思いますが、不詳、自分なども高校ぐらいでやって欲しい生きていくための落とし穴にはまらない教育があればいいのに、という実践がちゃんとここにはあった、ということがとても嬉しい驚きでした。

 ただ、授業を受け持っていた井沼先生も現在は進学校に移り、移るとそのような学校においては、このようなカリキュラムは立てられないとのこと。
 おそらく大学を意識するとこれらの実践学問は等閑視されるのでしょうが、現代社会の厳しさを考えると学校が本来伝えるべき知識の転倒を感じざるを得ないですね。

※この文章は自分の社会保険労務士事務所ホームページのブログから転載しました。

2012年11月1日木曜日

味わい

 毎朝、自転車でJR札幌駅近くの屋根付き駐輪場に自転車を入れてアルバイト先に向かいます。駐輪場を借り始めた時以来、早朝早番で出勤される60代半ばくらいの人柄の良さそうなおじさんがいつも「おはようございます」「行ってらっしゃい」。帰るときには「気をつけてお帰りください」と。
声がけをしてくれて送り出してくれます。
 この6月に駐輪場を借りるようになって以来、早い段階から自然に親しみが湧いて、時折雑談したり、挨拶を交わしたりしていましたが、今日は割とじっくりと帰り際に話ができました。

 このところ朝、いつも駐輪場の中にいたおじさんは最近は見かけなっていました。寒くもなってきたので、早朝は入口の所にある管理室(高速インターチェンジのお金を授受する場所くらいのスペース)の中にいるんだろうなと思っていたのですが。
 本日は向こうの方から「久しぶりですね。朝なかなか会えないのは上(二階)や、他のことを先にやってしまいたいものでねえ」との話。僕が「いえいえ。もうこれから寒くなってきますしね。管理室の中にいらっしゃるかと思ってましたよ」と水を向けると、おじさんは「いやあ、それはねえ。お客さんが寒い中自転車で来られるわけでしょ?そんな様子を見てると、中に入っているという気になかなか、なれないんだねえ」と仰る。ほお~と感心して、「〇〇さん、失礼ですがシルバー人材センターから派遣されてきたのですか?」と尋ねたところ、「いえいえ」と。僕が「いやぁ、実はもしかしてサービス関係のお仕事をされて来た人かな?と思ってて。そんな感じがしますけど」と言うと、「うん。この駅のそばのビルの二階で理髪屋やってたの。いま〇〇(某焼鳥チェーン)がはいってるビルの2階でね」「ああ、なるほど~」。

 どうりでね、と思いました。前々からこのおじさんの親しみやすさや礼儀の良さには感心していたのですが、この屋根付き駐輪スペースの場所からほど近いところでずっと理髪屋さんをやってたんだ。「いま、引越ししてね。中央区の電車通りの方に移ったんだけど、向こうは道も狭いし、迷子になるよ。前はここのそばにね。住んでたの」「あぁ、それは近くていいですね。全く圏内じゃないですか。それじゃ、この風景がずっと馴染みですね」「そうね。もう50年近く、こちらでね」と。くふふ、と笑われる。

 いいなあ。いい味だ。そう、昔は理髪屋さんがそこかしこにあったんだよなぁ。職住一致だったりもして。もちろん駅の中心部なので、床屋さんが実家じゃないけど、長く職場のすぐそばに住んで、今も中央区のすぐそばが職場なんだ。いいなぁ。「お客さんが寒いと思うと、座ってられなくてね」、という言葉も理髪の仕事をやってた時代の習慣というか、気分が続いているんだろうなぁ。
 

 人さまの生きざまだから、簡単に推測してはいけないけれど、何か、自然ないい生き方をしてきてるんだろうな、と思って清々しかったのでした。
 今日はじっくり話が出来たので、表情なり、雰囲気なりも確認できたんだけど、とても自然で温厚そうな雰囲気。僕はこういう人がとてもしっくりくるし、元気をもらえます。

 地下歩行空間でビックイシューを販売しているMさんも、そう。最近はついつい甘えて1時間くらい話し込んでしまうけれど、この方も自分に対してオープンだから、僕みたいなかなりの人見知りも話しやすい。そして何より感心するのは客の流れや、その日々のイベントなどなど、人通りを客筋として見ている観察眼。その商売目線。それが全然嫌味でなく、普通に開放的に話してくれるので、勉強になることが多いのです。この方の表情やルックスもとても味わい深い。

 サービスの勉強を事前に仕込んでコミュニケーション能力を高めてサービス業に従事する。それを誠意あるプロフェッショナルな意識で向き合うならば、どんな若くても中年の方でも僕はとても敬意を感じますが、そういう事前に学ぶ方法じゃなくて、日々の中で培われた自然な気遣いみたいなものを昔の自営の人は持っていたんだと思います。
 そしてそれは「失敗」も含めて世の中全体で守られてるというか、包摂されて成長できてったような気がするんだけど。。。この辺のことは自分自身が未開の領域なので、なかなかうまい言葉が見つからないのだけど、感覚としては何かわかるんです。

 ビックイシュー販売員のMさんも話されたんだけど、買い物って、お客さんと売り子さんの、こういういろんな会話込みのものでしょ?というのは確かに、とうなづける。
 僕はおっさんなんで、いわゆる「〇〇銀座」のようなスーパー以前、つまりどこも商店街で物を買うのが当たり前の時代も知っています。
 子ども心にそれがけっこう嫌で苦手だったりしたので、結局この便利な時代に馴染んで生きてきたんだけど、段々年をとって昔ながらの居心地の良い時間が恋しくなってきたような。
 そんな気がする最近です。(まぁ、若い人相手、特に若い女性相手だと難しいと思いますがw)

PS.
 ケレン味のある文章を書いているうちにもう一つの書きたい情報を抜かしてしまいました。この10月より社会保険労務士事務所を開業。まだ作成したばかりの簡易なものですが、ホームページを開設しました。こちらが半分位、自分にとって肝心だった情報。
 「杉本社会保険労務士事務所」

2012年10月22日月曜日

ハートネットTV:過労死した若者

本日のNHK・ETVの「ハートネットTV」はかなり衝撃的なものでした。
学生時代から優秀だったSEの若者が過労でうつによる医療薬の過剰投与で死亡したというもの。
彼の労働環境は月に100時間を有に越える時間外の労働時間。
かつ、作業環境は劣悪。休憩室もなし。

ある意味、特殊とも言えるかもしれない労働基準法違反と労働安全衛生法の違反。
いくら現代社会の最先端で働く若者たちと云う、仮に相互了解的な幻想があったとしても、そもそも人のいのちを軽々に扱うような企業のあり方は絶対にあってはいけません。
見ていて、法令がどうこういうよりも、人倫に反する、と思いました。

しかし、非正規の働き方がやんごとなくとめどなく広がっていき、その穴を埋めるように正社員の人たちの働き方が厳しいものになっている話はよく聞くことです。いびつなことだと思います。

私たちの社会は、もはや、現在過労で命の不安を感じないとしても、人として自然な家族を持ち、仕事をしながら平安に過ごすことが手に入らない未来の不安を感じながら生きるのか。
それともお給料は良くても、手に入れたプライドや企業の要請、他者をライバル視しながら命を削るように仕事に自分の人生時間を預けるのか。
そんな極端な二者択一の社会に生きているのでしょうか?信じたくはないですが。

いずれにせよ、最も抜本的なところから考えるべき地点に立っているのかもしれません。

亡くなられた若い人のみならず、二人の同僚の方たちも病気で休職ののち、退職。そのうちお一人は今では生活保護を受給されているという話も非常に残酷な話で、有意な若者たちが戦傷兵のように打ち捨てられる。
これはやはり改めて大きな課題の前に自分たちは立っているのではないかと思いました。

2012年9月25日火曜日

芹沢俊介氏講演「いじめ根本解決への提言」質疑応答

 
 芹沢俊介さんの講演、質疑応答の部分です。講演の主部分は大枠を伝えるために「だ、である」体を使いましたが、質疑応答の中に一番芹沢さんの誠実な部分、聞き手に微妙なニュアンスを伝える繊細な丁寧さが見えると思いましたので「です、ます」体に変えています。
 質疑は講演で考えられたものを超えた芹沢さんの一層、考え考えされた部分が表現されているため、出来るだけ忠実に再現してみました。故に多少読みにくさがあるかもしれません。
 ただ、このためらいや、聞き手に伝える思いが結構大切な感じがあります。
 質問を受けている際の芹沢さんの姿勢は本当に真摯で、これが本当のジェントルマンというものかなあと思いました。(記載した二番目の質問は、私がさせていただきました)。
 その後、芹沢さんを囲んで懇親会が用意されていましたが、そちらは参加していませんので。その場でより具体的で実践に即した話があったかもしれません。
 主催のNPOはいじめに関する仲裁(メディエーター)、和解のための話し合いを実践志向しているNPO法人のようです。団体のHPはこちらです。

Q1.「レジュメのいじめ防止策のところに、『一人になれる子どもをどう作るか』という言葉がありました。この点についてもう少し詳しく聴きたいのですが」

 実はここは書こうかどうか迷ったところなんです。書いた理由は、「いじめが終わるとき」という本の末尾にかなり激しい身体的・心理的暴力を受け続けながら、ほとんど報復感情を抱かずに済んだ子どもさんとの出会いについて書いたんです。
 言葉を交わした時に彼がなんと言ったかというと、「お母さんが居るから」と言ったんですね。僕はその言葉を象徴的に受け止めました。それはお母さんのためにとか、お母さんに申し訳ないからということじゃなくて、お母さんがいてくれたから報復感情を抱かずに済んだという風に僕は受け止めたんです。なぜそう受けとったかというと、僕が好きなイギリスの児童精神科医でドナルド・ウイニコットという人がいます。彼の言葉の中に「子どもは誰かと一緒の時に本当にひとりになれる」という至言があります。つまり、一緒の誰かというのは漠然とした誰かではなく、特別な「誰か」なんです。これは子どもにとっての特別な誰かというのは、よほどのことがない限り「お母さん」なんですね。お母さんが一緒にいるときひとりになれる。このお母さんは基本的に絶対的信頼の対象としての母親です。こっから先は僕の養育論になってしまうんですけれども。
 

 要するに絶対の信頼の対象になるためには、それは子どもが本当の危険の時、絶対な対象としていてくれる。ひもじい時に食事を与えてくれる。どこか痛いときにすぐ飛んできてくれる。常にそう言う関わりの中で子どもはお母さんを絶対的信頼の対象にしていきます。
 そしてその絶対的な対象は子どもの中に内在化されます。つまり「信頼」という言葉が内在化される。すると子どもはお母さんが具体的にそこにいてくれなくても、常に絶対という対象と一緒ということを意味するんですね。このように内在化された信頼感があるので、絶対の対象が内在化してさえいれば一人になっても大丈夫。
 ひとりになれるということは右往左往しないということです。つまり群れの動きに動かされず、自分の欲求や主体性を大事にしながら行動することができる。子育て養育の肝はそこにあります。出会った時のその20歳の男性、おそらく彼は絶対的対象を内在化出来ているために報復感情を持たなかったのだと思います。そう理解しました。

 普通、いじめに遭うと多くの場合は報復感情を持つんですよ。僕も持っています。そして僕は対人的に人が怖いですね。つまり傾向としてはひきこもりです。ここでこんな風に喋ってますが、これは役割なものですから。でも根っ子は人が怖いですね。これは傷です。60年前のことを思い出して、まだ「あの野郎」という報復感情を捨てられないですね。ですから、群れの中の安心感と引き換えにやりたくないことをやってでも群れの中で安心したい。このように、いじめが群れから離れる恐怖に由来するのは責められないことです。
 でも、その「責められないこと」自体がいじめのベースになっていると考えていったとき、いじめって本当に厄介だなと思いますね。そういうことをひっくるめてやはりそれを対抗させる力としてひとりになれる力、ひとりになれるベースをどうやって作るか。それは早期の親子関係の中で作られるのか。これは何かテーマになるような気がします。

 でも、まだ自分の中では言い切れないですね。そこへ繋いでいくための対話がまだ不足しているところがあって。でも言い切りたいな、とは思いますけどね。そんなところでいいですか?

Q2. 「現代社会での学校、生産手段としての会社がある限り、いじめの構造はなくならないという風に受け止めました。仮に集団がそうだとすると、それを変えることが出来るのか?ということが一点。あと、いじめられたお子さんが学校をアイデンティテイの拠り所としたり、社会的な居場所と考え、ギリギリまで追い詰められても頑張るんだとの話がありました。同時に私は昨年、芹沢さんのひきこもりに関する講演を聴きまして、その時、ひきこもることについては十全に引きこもるべきと語っていたと思いますけれども、先ほどの学校でいじめられているお子さんについては、学校へこだわっていくことについての情実と言うか、そこへの厚い気持ちがあるように思いました。その辺りはひきこもりの方への角度とは違いがあるように思いまして。その点の違いについて芹沢先生のフォローをいただければ」

 いいところを突いてくれたなと思うのですけれども(笑)。
 どうして子どもが逃げないか。「逃げなよ」というのは割と簡単です。でも本人が「逃げられないよ」「逃げたくないよ」という気持ちもあるんだということ。これは押さえておきたいんですね。なぜならば、学校や職場はいじめはいつでも起きる状況があるけれど、同時に学校や職場は抑止する場を同時に作れると思っているんです。

 職場であれば上司の力で十分にできますし、学校であれば教員が出来ると思います。で、今日お話したのはこの程度の知識を持っていれば、後は子どもへの愛情で何とか出来ると思っているんですね。だから多少の余地、子どもにとって小さくても居場所はあるよ、教室の中に居場所があるよと感じられるものがやはり学校は用意しなければいけないと思いますし、用意できると僕は思っているんですね。そしてそれは難解なことではなくて、子どもへの愛情をベースにしていじめに対するしっかりした知識を持って、いじめに対しては絶対に許されるものではないという姿勢を貫くのであれば、そんなに難しくなく子どもたちが生きられる場所に持っていけると思うものですから。

 
 
 ひきこもりは個的な動機が強くて、いじめの場合はむしろ僕がウエイトを置いたのは、深刻な心理的な傷というところにウエイトを置いて考えてきたものですから、そこに居続けることと心の傷の絡みで考えると心の傷をさらに深めるけれど、なお学校へ行き続ける。間違えれば自分の死を招いてしまうことと、それを存在の深いところで感じていて、でもなお学校へ足を向けてしまう。また居場所のない自分の席に座ってしまう。ある種のどういったらいいのでしょうかねえ....。いじめで追い詰められるか、自分の社会的居場所を失うかみたいなせめぎ合いみたいなものですけれども、その気持ちへの幾ばくかの配慮はしなければならない。

 配慮をした上で、でも「学校へ行くのはやめなよ、行かない方がいいよ」とは言いたいですね。言いたいですけど、でも子どもが「行く」と言った時に僕たちはなにができるか。やはりいじめに対してはっきりと、じゃあいじめに介入するよという態度を教師が取れるかどうかですね。
 今日は親のことは話しませんでしたけれど、親も日々の様子を見ているならば、これは?と思うわけですね。いろんなネガティブな変化が子どもさんに生じますから。そうしたときに親御さんがそこに踏み込めるか。つまり、「休みなよ」「休んでどこかへ行こうよ」というところまで踏み込めるかどうかですね。
 子どもはそれでも抵抗するだろう。でもそこで抵抗することで対話のようなものが親子の間で出てくるならば、それはすごく子どもにとって生きる力になると思います。ですから微妙な発言を確かにしたわけで、前回に来たときの話と今日の話に落差を感じてくださったということで、非常に鋭いご指摘を頂いたと思います。

『見えるいじめと見えないいじめの話があって、囲い込み型のお話とか、もう少し詳しく教えていただけますか?』

 はい。囲い込み型というのはですね。外側からは同一グループに見える。でも内側では四人によってひとりの標的が作られている。これが愛知の大河内君の事件のいじめの構造なんですね。外側からは同一グループに見えるのでわからないんですね。見えないんですね。外からはいじめられていることは見えない。だけど内側では四人によって排除されて分離されている。そしてここにさまざまな暴力や金品の奪取があった。この構造のいじめは結構多いです。これがわかったのは大河内くんがメモを残していたんですね。あいつらにこれだけのものが取られたとか。これで初めてわかったんですね。
 こういうことは、この囲い込み型の構造が知識として持っていれば、子どもの状況で、子どもの変化を見ることで学校や家族が知識として持っていてくれると全然いいですね。いじめの三層構造や四層構造は外側から見えますからよほど不注意でないとわかりますけど、囲い込み型は厄介なので。いじめがどうかを見出すことは、こういう構造があるんだということが知識としてないと見えないですね。それくらい厄介だということです。


 

 
 

2012年9月24日月曜日

芹沢俊介氏講演『いじめ根本解決への提言』

 9月22日。NPO法人フレンズネット一周年北海道記念講演で評論家の芹沢俊介氏の講演を聴きました。今回は大津のいじめ自殺事件に端を発した4度目のいじめ社会問題化に即し、昨年のひきこもりに関する講演に続いて、もうひとつの芹沢氏の追求テーマであるいじめについて。今回もかなり原則的な話をされました。貴重だと思うので、長いですが、その話の大枠全体を記載します。
 
 
 まず、芹沢氏は個人的体験として、自分もいじめを受けてきた経験を端緒として話を始められました。

●私自身の経験として、小学校5年、6年の時、いじめを受けた。ともに3週間くらいの短期で済んだけれども。身体的なものではないが、あるときクラスの男子全員に無視された。幸いなことに当時は地域社会に子どもが多く、放課後の世界での遊び友だちがけっこうあって、学校外で地域の仲間が待ってくれていたので救われた。
 1986年、岩手県で鹿川(しかがわ)君という子のいじめ自殺事件があり、その頃から自分はいじめに関心を持った。実はその時まで自分が受けたいじめのことを忘れていた。鹿川君の自殺で自分のいじめを思い起こした。それから僕は本格的にいじめ問題に関心を寄せ始めた。

●いじめを事前に防ぐのはまず困難だ。なぜならいじめが起きるのは同じ顔ぶれが一日同じ場所の一箇所で拘束されるところから起きる。その顔見知りの関係でいじめが起きる。故に、学校や会社でいじめが起きるのは避けられない。図書館のように自主的に自分で選んで来る場所ではいじめは起きない。
 学校、会社が解体されるとき。もしそれが来たらいじめはなくなるかもしれないが、両者が共に機能している限りは、いじめはなくならないだろう。ならばその場所自体にいじめが起きるモメントがあるわけで、だからいじめを事前に防ぐのは困難だと考える。
 そうであるならば、起きたいじめを深刻化させないことのほうが重要だ。どういじめを深刻化させないか。

 
●また、いじめられた子が標的になったことによってのちのち傷を抱えることに心を寄せなければならない。その傷を抱えるというのは、対人関係において必要以上な怖れを抱くことになる。それを抱くことはのちのちひきこもりの要因になりうるし、実際にもある。
 それから、いじめを受けた人、特に身体的ないじめを受けた人はほぼ100%近く「報復感情」を抱く。これはきつい問題を当人、周囲、家族に残す。いじめた当人に報復できればいいが、それが不可能だと報復感情を満たすため、攻撃性を向けやすい家族、例えば弟、妹、母親に攻撃を向けてしまう。あるいは他人に攻撃を向けられなければ自分自身に向ける。それが自殺念慮となる。他者攻撃の反転が自傷行為。
 報復感情の処理の難しさというものをひしひしと感じる。それをどう考えたら良いだろう?と僕は思う。いじめが深刻化する、というのはつまりそういうことだ。

●だからいじめの深刻化は防がなければいけないし、それは可能だと僕は思っている。そのための幾つかの提案をしたい。
 大津のいじめ自殺事件の社会問題化を考えると、これは以前3回、いじめの社会問題化があったと考える。1回目は1986年の鹿川君いじめ自殺事件。2回目は94年の愛知の大河内君のいじめ自殺。3回目が北海道滝川の2005年少女いじめ自殺事件。この時に、自分は今までいじめを考えて本などで書いてきたことが不十分だったと気がつき、もっと徹底的に根本から考えなくては、と懸命に考え直した。今回話すのは05年以降に考えたもの。

●実は今回の報道でも一点、どうしても気になることがある。それは「いじめ」という言葉が実態を欠いたまま飛び交っていることだ。実態を欠くとはどういうことか。それはいじめに関する丁寧な知識を欠いたままいじめという言葉だけが飛び交っているということだ。いろんな人、識者がコメントしているがどうもピンとこない。彼らはいじめの自明性を疑っていない。もし「いじめ」が自明なら、もう30年以上社会問題になっているのに同じことが続かないはずだ。もっとましな対応が出来ているはずではないか。
 僕が多くの人にいじめって何?どういうものをいじめというの?と問うてみても上手く答えてくれない。実態的な答えが返ってこない。それくらいに僕らはいじめという言葉を感情的・情緒的な言葉としてのみ使っている。それではいじめの深刻化・困難化を変えられないではないか。

●まずはいじめの明確な定義が絶対必要だ。定義がなければいじめか、いじめじゃないかの区別ができない。大津の事件もいじめの定義を教師が持てなかったゆえに教師は最初けんかとみていた。定義があいまいなまま、いじめについて勝手な解釈が横行する。それゆえにいじめの定義が大切で、定義を明確にしないと有効な対策を立てられない。

●86年以降、現在まで定義は出揃ってきている。私が定義として過不足なくよくまとまっていると思うのは警察庁少年保安課の定義である。それは二つの条件。この2つを満たせばいじめだという定義である。
 一つはいじめの標的の座に座らされる人が「特定化」されていることである。もう一つはその特定された標的に対して物理的・心理的暴力が「反復継続して」加えられていること。「暴力の反復継続性」。これを抜きにしては、いじめの本質が全くわからない。反復は繰り返すこと。継続はずっと続くこと。いつまで続くのかはわからない。参加メンバーにもわからない。ここがとっても厄介なところだ。
 このような明確な定義が一本化されていないことが、いままでいじめが適切に対処できない結果を生んでしまっている。

●いじめはけして「弱いもの」に特定されるものではない。集団を背景にして個人を孤立させる形が本質的なものだ。だから「反復」と「継続」ということがとっても重要。
 ところで、この警察庁の定義はいじめ参加の側には一言も触れていない。実はこれはとても含蓄のあることで、なぜいじめ参加者に触れていないか。僕が推測するには、いじめに参加する側は、加害者が固定している場合と、流動化している場合があるからだ。
 86年の鹿川君の場合は、いじめ側は朝と昼と、放課後と、いじめ参加メンバーが違っていた。数も多くなったり少なくなったりしている。
 そのあたりも認識して、参加側の明確な定義をしなかったのであろう。

●ところで、いじめの標的に対して心理的物理的な暴力が目的であろうか。苦痛を与えることが主目的だろうか?僕はここから考え直しをしようとしてきた。そしていま、僕はどうも暴力が主目的ではないぞ、とはっきり思っている。
 それはどうしてか。それはなぜ標的が特定化するのか。なぜ反復継続するのかの問いかけがポイントになる。つまりこの問いの最も有力な答えは、いじめという集団暴力に参加している人たちが自分が標的の座に座らされないために行なっている、ということだ。
 いじめは誰が標的になるかはわからない。誰がどういう風にして標的の座に座るのかの答えは導き出せない。だからひとたび定義に沿ういじめが始まった時、自分が標的の座を固定化していく側につくのが一番簡単な方法となる。つまり「標的であり続けてくれ」ということ。標的であり続けてくれれば自分は助かる。つまりは防衛行動なのだ。
 「みんな」の側にいるために「ひとり」を固定化する。いじめが終わらない理由の大きなポイントはここである。

●いじめは子どもたちの鬱積、ストレスが転化したものという見方があるが、僕はそれを取らない。イライラが暴力に転化するなら、それは一過性のもので終わるはず。その形はドメステックバイオレンスに似ている。それはいじめとは質が違う。いじめはもっと人間の弱さというか、僕ら自身の弱さに”根”を持っている。その弱さとは、「ひとりになるのを恐れる」ということ。群れの中にいたい。群れの中にいれば安心だということ。もちろん、これがいじめの原因の全てではないが、いじめ問題の根っ子だとは言える。それは「ひとり」を恐れるがゆえに「ひとり」を犠牲にするということ。自分たちの世界から分離しようとする。
 いじめの要因はそう考えたほうが良い。そう考えるといじめは子どもたちの世界の話ではない。大人の僕らを含めた、人間としての根源的な弱さの話であって、そこまで視野を広げて考える作業が必要ではないか。でないと、自分とは関係のない、自分の外側の問題として排除した形のままで終わってしまう。
 しかし、この弱さは子どもたちの世界にしっかり写されていく。大人の弱さがしっかりと子どもたちに根ざされていく。

●次に、いじめには「見えるいじめ」と「見えないいじめ」がある。いじめの「四層構造」というものがある。中心に被害者があり、その周りにいじめの加害者があり、その外側に煽動者がある。そのまた外側に傍観者がいる。それをいじめの四層構造という。
 これは「見えるいじめ」である。大津事件は「見えるいじめ」だ。ただ、今のところ報道でわからないのはここに煽動者がいたのか、傍観者がいたのか。どうだったのかというのは気になるところだ。鹿川君の事件はこの四層構造が増えたり減ったりしていた。先生も葬式ごっこに参加していた。これで分かるとおり、いじめは犯罪と等価ではない。暴行・恐喝があった場合は犯罪だが、煽動・傍観は犯罪で捉えられない。
 また、無視だけで人を自殺に追い込むことは出来る。クラス中が無視することで自殺した人はけっこういる。これを犯罪として立件できるか。犯罪は「行為」である以上、立件はできない。無視をいじめとしてしっかり認識できても厳罰処分にすることは全然現実的ではない。
 

●もう一つは「見えないいじめ」。見えないいじめに僕が気づいたのは94年の大河内君の事件のとき。大河内君は先生たちにクラスで騒ぐメンバーの一人だと思われていた。誰も彼がいじめの対象だとは思わなかった。でも、仲間の中でいじめがあった。標的・分離され、お金をせびり取られていた。これは外側から全く見えてこない。これが「見えないいじめ」だ。ではどうしたらわかるか。それは「見えないいじめ」という構造があるんだ、ということをしっかり理解し、認識すること。この認識を持っていないと見えない。僕はこの構造を「囲い込み型」と名付けた。この型は結構ある。
 「見えるいじめ」はクラスに関心のある先生であれば分かる。でも「見えないいじめ」は構造を理解していなければわからない。そういう意味では、いじめは巧妙になってきているなと思う。故にこの「囲い込み型」のいじめ自殺はとっても厄介だ。

●誰がいじめの標的になるかは述べた通り、わからない。今までいろいろいじめられやすい人の指摘があるが、実際は誰でもが標的になると考えるのが正しい。だから、いじめは起きるという前提で、傷が深くならないうちに見つけて、上手く調整するのが肝要だ。

●いじめがなぜ標的を自殺に追い込むのか。実はいじめと自殺の因果関係を辿るのは絶望的に不可能だと考えて欲しい。また、そういう視点からいじめと自殺の関連性を問うのは不毛だと思う。それよりも、いじめによって標的にされた子がどういう状況に追い込まれるかしっかり知るということの方が大事だ。これを通してしか、いじめ自殺に追い込まれた子の理解に届かない。
 いじめは標的を「ひとり」にすることだ。これは、もう少し説明のいるところで、ひとりになったら本を読めばいいじゃないか、といったコメントを語った識者がいるが、いじめというのは、そんな簡単な精神状態に置いてくれたりはしない。いじめはひとりなるのだけれど、「独りなんだ」ということを常時知らされるものだ。「お前は独りだぞ、独りだぞ」と。「お前に居場所は無いんだ」ということを常時知らされる。すると授業を聞いていても腰がいつでも浮いていて、授業もまともに聞いていられる状態になれない。家に帰っても同じで、読書なんてとんでもなくて、テレビを見ていても上の空だ。
 僕はこれを「我なしの状況」と呼んでいる。自分がない。
 自分があるというのは、自分の居場所がある、ということ。自分がないと居場所がない。この「我なし状況」に耐えられる人はよほど強い人なので、ほとんど不可能なことだ。「我なし状況」。これはすごい屈辱で、屈辱感でいっぱいなので、「いじめられてないか?」と問うと絶対そんなことはない、と真っ向から否定するほどのものだ。

●いじめはこの「我なし状況」を常時知らしめられるわけで、尽きるところ、この世界にいたくないと思うのも、ものすごく自然な流れだ。大津の男の子は自殺の練習をさせられていたが、自殺の練習をさせられたから自殺したのではない。そんな練習をさせられる屈辱こそが自殺をさせる。
 そこで初めて「自殺といじめ」が関連する。因果関係ではなく、人間の存在の仕方の話である。人間論であり、人間理解の話。これがないままでいじめを考えるのは不可能である。

●最後に、いじめられる子どもはそれだけの屈辱感を与えられながら、どうしてその場を離れられないかを考えたい。なぜ学校に行かないという選択が出来ないか。
 僕が2007年「いじめが終わるとき」という本を書く少し前に杉並区の親たちがいじめのある学校に通わせないという方針を固めた。それはひとつの考え方だと思ったし、新しい事態が起きたなと思った。でも、僕はもう少し子どもに即して考えなければな、と思った。不登校らの子たちから問わず語りに話を聞くうちに、最近そう思うようになった。
 子どもにとって、学校に行くというのはやはり一種の安心感・安定感と結びついている。だから彼らは学校に行く。そこを絶たれてしまうと自分が何者かわからなくなってしまう。だから命を削るまで彼らは行ってしまう。こう考えると、本当に大人が配慮しなくてはいけない。教員が配慮しなければならない。今まで話したことを教員がしっかり理解していけば、そういう対応が出来ないはずはない、と僕は思っている。
 そこまで深くかかわれば、深刻化する前に何とか対処できる。そして教師は子どもたちに対して考えているぞ、弱さの現れの形がいじめだということを教師は考えているぞ、真剣だぞということを示すだけでもいじめの最悪化の抑止力になる。
 いじめは子どもたちのなかで起きる問題だが、同時に僕ら人間の弱さの現れだと自分を見つめることでしか、いじめの相対化はできない。
 でも、大人が自分をみつめれば、いじめの軽減になると私は信じる。

※1時間半超の講演のあと、40分の質疑応答がありましたが、すでに長文になりましたので、その質疑応答部分は後日アップさせていただきます。

 

2012年9月20日木曜日

映画「SWEET SIXTEEN」などなど。


 
一貫して英国の社会問題を背景にした社会派監督の名匠、ケン・ローチ監督の02年作品、「SWEET SIXTEEN」をレンタルで観ました。

 感想はひと言、「切ない」。もうこの言葉しか浮かばないほど切ない映画です。ケン・ローチは好きな監督なので、それほどの映画ファンでない自分でも結構この監督の作品は観ている筈です。特にベテランになったこの10年以上の間はノリにノっている人なので、どれも見逃せないです。ただ、かの人の作品におけるベースは報われない確固たる岩盤、”階級社会英国”で一貫して労働者階級の立ち位置から作品を紡いでいる人であること、また、作品自体が非常なリアリズムなので、映画にわかり易い救いが用意されていないといったことがあるので、社会背景とかがわからないと楽しめないかもしれません(かくいう自分も英国に行ったこともないので、偉そうなことは言えないのですが)。

 
 スコットランド田舎町?に住むストリート未成年リアム。作品は冒頭天体望遠鏡で子供たちからお金を巻き上げて星をみせてやる風景から始まりますが、かのようにリアムという15歳の少年は家庭が極めて複雑です。母親はおそらく麻薬密売に手を出して刑務所に入所中。母の父親と、母の恋人は二人とも完全にドロップアウトしている大人。何と母への面会に少年リアムを使って麻薬を刑務所内で密売させようとする、そんな工作を考える大人たちです。
 ゆえにリアムには帰る家がなく、同じ養護施設に入っていた真面目な姉の家に転がり込んだり、行動規範が崩壊しているような親友、ピンボールのところに転がり込んだり。
 リアムは学校に全然行かない少年ですが、ストリートの知恵というか、機転と勇気を持ち、母のためにモービルハウスを購入しようとして頑張ります。彼の素顔はとても家族思いで、母親に対する愛情が人並み以上に強く、普通の大人以上に母を救ってやりたいと考えます。

 しかし、ニュー・アンダー・クラスというか、何のまともな大人の手立てがない場所で彼が考えることと言えば、結局のところ、麻薬を大量に密売してそのお金で家を買ってやるという乱暴な考え。逆に言えば、そういう短絡的な思考しか持てません。能力がないのではなく、彼に必要な社会的な手立てを持てないでいるのです。

 考えてみれば、この映画では彼、あるいは彼とその友達たちをサポートする大人は全然出てきません。出てくるのは社会の裏の世界で生きる大人たちや、麻薬を買う人間や、すぐ暴力でカタをつけようとする大人たちばかりです。能力も、思いやりもある彼が、なぜ教育の世界から遠く隔たっているのかの理由は、周囲の大人たちがどのようなものかで透けて見えてきます。

 この映画のラストもケン・ローチらしく(?)、救いのないものです。ただ、余韻が残るのは主人公リアムのハードなライフスタイルの中でも、彼自身が失わない信義則や、家族に対する愛情が本物であるという事実でしょう。それだけに「切ない」のです。

 この映画に関しては、ブログなどを当たれば素晴らしい批評に数多く出会うはずです。ただその中で友人、ピンボールの切なさにも言及されていると、なお良いなあと思います。親友・ピンボールもリアムが彼を強く求めているように、ピンボールも彼を強く求めているのです。
 リアムが悪い大人たちによって立派なワルに育て上げられそうになる過程で捨てられる。そのことが心細くて心細くて、リアムが求めた家に火をつけ、彼の前で麻薬で酩酊しながら自傷行為に走る。
 そう、タフなワルなフリをしても、まだ彼らは16歳になるかならないかの普通の「少年」であるわけです。

 僕は何年か前にこの映画を初めて見たとき、ケン・ローチの名を世に広めた60年代の名画「ケス」と比べて、同世代の余りもの環境への置かれ方の違いに愕然としたものでした。

 もちろん、同世代を主人公にした「ケス」も普通の意味で大変な環境に置かれる少年の話でした。その作品は英国北部の小さな田舎の炭鉱町で閉塞するような環境の中、母子家庭の母親もダメ、かつ暴力的な兄の支配、閉ざされた炭鉱町の労働者たちの窒息など、少年が置かれたシンドイ環境は同じでした。ただ60年代の「ケス」には、小さな希望として、主人公ケスの野生の鷹の飼育という生きがい(それは少年の土地からの飛翔を暗喩しているのかもしれません)、そしてそれを認めた先生が鷹の飼育についてクラスで彼に発表させ、彼に人としての尊厳と役割を与えた点が救いとして残されていました。

 しかし、今作では学校もなく、彼を育てる責任を持つ大人もいません。もはや彼らは彼ら同士だけで何とか必死に生きているのです。彼らがバイトしているピザ・ショップでさえ、大人らしき人は見かけない。そしてドラッグ(麻薬)がすぐそばにある。日常のそばにある。

 ですから、初めて本作品を観た数年前には、ケン・ローチの作品といえども(彼の作品はドキュメント・ドラマ、略してドキュ・ドラマという呼び方がされます)、これは余りにも現実的では無いのではないかと思いましたし、同時に新自由主義以降の「社会などない。あるのは男と女と家族だけ」のサッチャイズムへの極端な批判、「これがあなたが作った結果だ」というメッセージ性だと思っていたのです。

 ですが、前にも記事にした高岡健さんのインタビュー本「ひきこもりを恐れず」で述べられているとおり、英国の新自由主義は新しい新中間層を作ると同時に、労働者階級を分化させ、「ニュー・アンダー・クラス」(新下層階級)を出現させたというのです。その中では10代の妊娠、母子家庭、貧困その他で10代後半に進むにつれ、ヘビーな環境の青少年たちがストリート・ピープルとなったり、学校においては校長先生が血だるまで倒れている、そんな学校に警察官が張り付いている。それくらいのバイオレンスな状況があるらしく、かの国の一番の課題は青少年の「非行と犯罪」だというのです。学校で麻薬の取引が行われているというのですから。。。

 その点、日本にはまだ全然社会的な秩序と余裕があるというのが高岡氏の主張です。

 その意味で、この作品「SWEET SIXTEEN」もケン・ローチのドキュ・ドラマの観点は変わっていないということなんだ、と再認識し、今回改めて見返した次第です。

 もう一つ持っているブログで紹介した「この自由な世界で」も、ポーランド移民労働者の話が出てきますが、5年ほど前のビックイシュー・バックナンバーでも英国に向かったポーランド出稼ぎ労働者の苦境が紹介されていて、基本的にドキュメンタリースタイルのケン・ローチのアプローチは変わっていないと思います。

 
 先ほどの高岡健さんの本の話に戻ると、社会の工業化からいち早くサービス産業化に移行した英国ではこのように労働者階級にしわ寄せが移行し、ブレアによる荒廃した学校の教育改革もむなしく、ニュー・アンダークラスを生み出し、安定した社会環境を持たない白人の若者たち、そして主に南アジアからの移民の不遇な環境に置かれた人たちが不満層として堆積し、今年盛り上がったロンドンオリンピックの前にロンドンから各地に派生した暴動という形で噴出したと言えるでしょう。

 高岡氏によると、犯罪・非行という反社会・非社会的な問題は英国で深刻ですが、日本でのひきこもりやニート(英国のニートとは質が全然違います)と数字的にはおおむね対応するそうです。

 高岡氏は経済的な蓄積や余力を持つ日本は自分と向き合う時間を持つ形態であるひきこもりが出来る日本という国はよほど上等であるという評価をしていますが、今後懸念されるとすれば、家庭が子どもを育てる経済的な余力を持てない、持たない状況が日本に普通にあるという光景です。そうなっては絶対にいけない。しかしすでに日本の少子化や晩婚化、非婚化はある意味でそういう直感や本能、あるいは実態的に経済的に家族を持てないかたちとして出ているのかもしれない。
 ただ、早々と家を出され、社会のケアを受けられないまま同じような仲間とサバイバル的に生き、子どもを産んで、父親がいないような状況が生まれやすい社会でないこと。これは唯一の救いでしょう。

 話を映画に戻しましょう。「SWEET SIXTEEN」。何とも皮肉が聞いたタイトルですが、主人公のリアム少年が時代や社会の波や構造に翻弄されながらも、人間の原形質を必死に守りながら、傷ついていく。そこにやはり希望のなさと同時に、ある種の人としての感動があります。だからこそ感想の全ては「切なかった」というところに行き着きます。明るくはないけれど、心に深く残る映画です。
 主人公役の少年がDVDのボーナスインタビューでこのような趣旨のことを語っています。
 「リアムのような子に共感できる。この国は教育に力を入れてほしい。彼のような子が報われるために」。
 おそらく、監督のメッセージもそこに尽きるところがあるでしょう。

 機会と場所と、人と人とが相互に依存しあえること。人間関係に分断線を引くシステムを考え直すこと。そんなことを深く思わざるを得ない。そういうことを考える契機にもなる映画だといえるでしょう。

PS.
 映画の舞台となったスコットランドはグラスゴーの02年の社会的現実に関心のある方はこちらのサイトを参照してみてください。10年経った現在のグラスゴーはどうなのでしょうか?もしも詳しい方がいれば教えていただきたいところです。