2013年5月15日水曜日

Continue読書会1-2『ポストモラトリアム時代の若者たち 第一章 戦後「青年期」の履歴』に参加。

 
昨日は「ポストモラトリアム時代の若者たち」読書会の第2回目で、本章の第1章目を資料を素に読み合わせ、参加者で自由討論しました。場所は勿論、NPO法人Continueさん。
 参加者は10名。世代的には20代から50代頭まで。非常に幅広い。参加者の立ち位置は、著者のお一人である村澤和多里先生と、教え子である大学院生おふたり、後は社会活動に軸足を置くサラリーマンの方や、社会的企業者、NPO運営をされている方々等で、自分は一応フリーターということで(苦笑)。ーそんな格好いい表現はできないけれど。。。

 テキストに基づいて話し合いする前に皆さん、それぞれある意味当たり前だけど、学習者の前に活動者でありますんで、その意味での語るべき言葉を持っておられるのが単純に羨ましかった。自分自身(余りよくない意味での)「評論家的な気質」がちょっと恥ずかしかったのでした。

 昨日は発表者の立場だったので、その場ではかなりアガってしまいました。半分頭が真っ白だとまでは行かないけれど、3割くらいは冷静さを欠いていたんじゃないかと思う。時間の制限もあるんでレジュメを手短にまとめようと思ったけれど、やっぱ、そうはいかず。内容はおおむね理解できているつもりではいたのだけれど、一層の要約は出来なかった。その点は反省点です。後は、そんなテンションのままでしゃべりすぎましたね。相手の方の話を誤解したり、ずれたところで話を繋てしまった部分もあったと思います。その点、反省の二番目です。

 昨日の内容はタイトル通り、第二次大戦後の日本社会の青年=若者の主観・客観の変遷について。著者の村澤先生が語るところによると、第1章を要約すると、日本の戦後高度成長を支えた「フォーディズム体制」(製造業中心の第二次産業時代)と、その後の「ポスト・フォーディズム」(サービスなどの第三次産業中心)。
 この2つの産業モデルによって若者たちの生き方、あるいは人間の生き方が規定されていく。ポスト・フォーディズム時代のあり方によって規定されるありようというのがあって、それがその前のフォーディズム体制の時代と違うのだと。フォーディズム体制では生産者/労働者になることが目的だった。それが青年期の機能だった。けれども、ポスト・フォーディズム体制になると、青年たちは一方では労働者になることを、もう一方では消費者になることを求められる。そこで若い人達の質も変わってくる。労働者&消費者の両面を求められることによる二重性の中に置かれた。それが社会側(企業側)から煽られる部分ではバブル世代という形で登場した。
 そしてバブルが崩壊したあとの90年代末以後は、労働者にもなれず、消費者にもなれない若者たち、という現象が起きてきた。そういう3段階、3つの区分でまず整理して考えてみよう、と。そういう問題意識で書かれた、と教えてくれました。

 であるならば、親世代(主にバブル世代以後)こそ今の若い人がこのポスト・フォーディズム社会のバブル崩壊社会の中で置かれた状況を認識しなければならないのではないか、つまりかなり意識の断絶があるわけで、そういう親の世代こそがこの本を読んでもらいたいとのContinue理事長さんの意見は深く頷けるところです。

 村澤先生も仰ってましたが、日本ではモラトリアムというものが、大人になることの回避、逃避だと一面的に捉えられていて、特に50代以降の世代は今でもその感覚が抜けないため、今の若い人は甘えてるとか、しっかりさせなければいけないと安易に言っている。けれど、「労働者にもなれず、消費者にもなれない」ポスト・モラトリアム世代の大変さをほとんど理解してないズレがある。そういう分析をされているので、尚一層のこと、50代以降が読んだほうが良い本でもある。この第1章は特に、と思いましたね。

 後で冷静になって考えれば、発表時間が長くて参加された人たちの自由発言時間を少なくさせてしまったかな、と考えたのですが、実は結構密度の濃い、シャープな話もかなり出てたと思います。こういう話し合いは冷静に考えてもなかなか他所では得難いと思う。かなり真正面からやるので。
 また、世代の幅が広いのも特徴。20代から40代、50代が一堂に介して意見のすり合わせを無理矢理じゃなくて合わせられるというのは、やはり得難いこと。
 やはり現役の学生さんや20代の人のリアルタイムな思いや意見は本当に貴重だし、傾聴に値しますし、斬新でもある。
 

 状況に合わせた肯定的な意見もまた貴重でした。例えば動画を一日見て過ごす若者が自分はそれで充実していると自己規定している人がいるとして、そのことをポジティヴに捉えて、その彼の関心を社会に引き出す回路を作るのが周りの人たちや大人の側の役割ではないかと思う、と。なので動画中心生活の人を、別の興味関心に誘導するというより、その子の関心をいかに外部にくっつけるようにするか。そのようなことを考える社会であってもいい。その接続させる社会は周りが作る。でもそれを選ぶのは本人の選択だという社会が望ましい、と。そのような意見にはハッとさせられますね。自分には出てこない前向きな回路なので。

 考えると、実は淡々とかなりハイレベルな話もひっそり盛り込まれていたな、と後で思い返す次第です。

 それはやはり表現能力が高い若い人がいることが大きいですし、著者ご本人が適宜適切なコメントをされたこともまた当然大きいです。

 発表者としては個人的には反省点もあって、特に現在に繋がるバブル崩壊後の青年たちの部分は多少しゃべりに疲れが出てしまって、一番強調したいところが一番おざなりな発表の仕方になってしまったのが反省点の3点目。
 でも、この日のメンバーたちであれば、いずれにせよ貴重な意見は今後も聞かせてもらえるだろうと安心しています。(ん?〆台詞はちょっと上から目線?w)

 ということで、次回は6月11日(火)のPM7時に第二章について話し合います。どうか今後も宜しくお願いします。

2013年5月3日金曜日

憲法記念日にー憲法改正議論に思う

 
 憲法記念日。この戦後憲法は自民党にとってはどうしても変えたいものらしい。
 まず、そのために憲法改正発議要件である96条規定を変えたいという。この辺りの議論では良く言われるとおり、国会議員の過半数で憲法が改正されるならば、その時々の政権が衆参で過半数を制した場合、その都度憲法改正発議がなされ、その都度憲法が変わる可能性がある。自民党なりは想定外のことと思うかもしれないが、もし仮に共産党が衆参で過半数を制したらどうなるだろうか。憲法改正で天皇制廃止の提案がなされたら?(国民が支持するかどうかはまた別の話として)。

 それよりもまず、最近の憲法改正議論で語られない条文がある。それは憲法第99条の【憲法尊重擁護義務】規定だ。

日本国憲法第99条 「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員はこの憲法尊重し擁護する義務を負う」。

 アンダーラインをひいた「この憲法」はもちろん日本国憲法だ。この憲法を天皇摂政のみならず、国務大臣、国会議員、裁判官、公務員は「尊重し擁護する」義務を負う、という。
 法律の世界では義務規定と努力規定があって、義務規定は文言に対する命令的な意味を持つ。法令などで罰則があればそれが適用される規定だ。対して努力規定はおおむね倫理規範にとどまり、罰則はない。それだけに憲法に義務として明文化されていることの意味は重い。
 憲法を改正したいというその選挙区の民意があり選ばれた国会議員がいるとして、その志を同じくする国会議員の一定程度の人間が憲法改正を主張するのは社会の運動や変化を促す自由があるわけだから、それは認められると思う。しかし国務大臣はどうか。そして国務大臣を束ねる一国の首相はどうか。彼らは現行憲法の規定の下で天皇から任命を受けた行政の長たちである。その任にある人たちが責任あるその立場で現行憲法の変更を謳うのは憲法99条の責務から言っても明らかに違反にならないか?

 自民党の憲法改正草案を読むと驚いてしまうし、深く憂鬱になってしまう。特に現行憲法にある「国民の権利及び義務」の章の改悪にはびっくりしてしまう。

 現行憲法では国民の義務は3つだけである。それは「納税の義務、教育の義務、勤労の義務」だ。そして、納税の義務以外の二つは権利と義務がセットとなっている。即ち「教育を受ける権利・義務」と「勤労の権利及び義務」である。両者ともその歴史的背景があって、教育を親や親族が受けさせないことによる子どもの社会上のハンディにならないよう、教育は主に養育者への義務の観念が強いし、勤労に関しては、昔の「強制労働」から解放させるため、勤労は義務よりも個人の権利であるという色彩が強い。だから憲法第22条には「職業選択の自由」がある。同22条には「居住移転の自由」も規定されていて奇異な感じもするが、それも封建制の遺跡なるのであって、昔は地主が小作人を土地に縛り付けて土地からの離散を許さないことがあったというイメージなのだろう。(これは私の推論)。

 戦後の憲法に関して、GHQが示した方向性が3つあった。一つは天皇制問題。国家元首としての天皇を廃し、天皇を日本国民の象徴とすること。もう一つは日本の封建制を無くすこと。そのために家父長制家族制度を排することを目指した。男女平等を明文化し、婚姻は両性の合意のみで良しとした。家父長制を明確に解体することは憲法24条に端的に明確に述べられている。もう一つは財閥解体。これは公職追放や独占禁止法などで実現された。

 さて、普通の人にとって尤も大事な憲法規定の一つは基本的人権であろう。その人権規定に関しても自民党の憲法改正のQ&Aでは、権利は「共同体の歴史、伝統、文化の中で徐々に生成されたものだ」とし、現行憲法の人権規定には「西欧の天賦人権説に基づいて規定されていると思われるものが散見される」ため、「こうした規定は改められるべき」だと言う。これは非常に重要な心情暴露で、この基調低音が自民党の憲法草案のベースに一貫して流れているテーマといえよう。天賦人権説は「人は生まれながらにして平等であり、自由に生活の基礎を築き、幸福を追求する権利がある」という説で、自然法理論の影響を受けている、現在の近代憲法の骨格は皆この理論をベースに動いていると言っていい。これが西欧流の人権観であるとしていて、規定が改められ、(人の権利は)日本の伝統と文化の中で生まれるべきものだと考えるから、やたらと国民への義務規定が多い。
 
「日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。」(改正草案第3条)
 
「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。」(憲法草案第12条・タイトルは「国民の責務」)
 
「全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。」(憲法改正草案第13条)
 
「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。」
「(2項) 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」(憲法改正草案第21条)
 
 このように国民の自由な活動に関して「制限付き自由」だったり、現憲法にはない「公益」が振り回されていたり、「禁止」規定や義務が盛り沢山だったりするのは、当然天賦人権説に対する拒否感がないと説明がつかない。
 この思想の流れでいくと、おそらく日本は北朝鮮はともかくとしても、中国を嗤うことは出来ない。そして現今の(自民党が好きそうな)「グローバル社会」のルールで生きていくことは出来ない。仮に本音ではそういうものが嫌いだったとしても、だ。
 近代憲法の思想は元来権力の抑止を国民が定めるもので、その逆はあり得ないことは改めて問題にすることもない、と思っていたのだが。。。

 さてさて。本当は自分の問題として、なぜ戦後の日本国憲法が大切に思うかを個人的体験に照らして書くつもりだったのだが、余りにも自民党の改憲草案がツッコミどころ満載なので、別の角度のものになってしまった。自分の問題と日本国憲法を擁護したいこととの関連は日を改めて書きます。

 最後に自民党にとっては日本国の「伝統と文化」がとっても大切で、憲法の前文の筆頭にも「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。 」なんて表現を(あえて)持ち出すほどの「日本国のプライド大好き」ぶりだけど、僕自身に照らせば、僕は自民党の考えと真逆な思想の持ち主であり、自民党の憲法改憲論者から見ればアブナイ「左巻き」だ思われるかもしれないが、日本の伝統と文化のど真ん中から程遠い北海道生まれの北海道育ちとして、僕自身が日本の伝統と文化を追いかけていて、それなりに結構な伝統文化好きだと思っている。

 今までも旅行先は京都、奈良、鎌倉、出雲大社がある島根、岡山県吉備路、土佐高知、萩、和歌山県熊野古道、奈良の飛鳥路、大和路などを歩いてきたので、自分の無意識の衝動として日本の古代史、中世史、近代史を作って来た人たちの来歴を辿ってきたつもりなのだろうと思っているし、辿るに当たり、それなりにその土地の歴史トピックスも簡単な程度には勉強してきたつもりだ。

 何を言いたいかというと、「日本の伝統や文化」をあえて憲法に明文化しなくとも、”美しい日本人”(?)なら、自ずから自分で自分の伝統や文化を探していくだろうということだ。「美しい国」日本を誇る現在の首相は美しい日本人を信頼できないのだろうか?もしかして彼らが愛しているのは、もう目にすることがかなわない過去の日本の伝統であって、今生きている日本人ではない、ということなのだろうか?

 こういったことを考え出すと、理屈上の矛盾が次々と連想されてくるので、とても終わらないのでやめておこうと思う。
 「この国のかたち」を著した司馬遼太郎氏が生きていたら、いったいこの種の憲法改正議論をどう聞くだろう?驚きと憂鬱を持って受け止めざるを得ないではないか!そもそも憲法を変えたい自民党議員や首相は司馬さんの「この国のかたち」をちゃんと読んでいるのだろうか?あるいは読んでいたとしても、単に自分に都合のいいかたちでしか解釈できないということであろうか。

 
 ということで、
 正直なところ、憲法改正議論の前に普通の日本人が憲法全文を読んで馴染んでいるのかどうか?という根本疑問もありますし、日本国憲法条文を解釈する過去の判例もある程度理解してないと、日本国憲法と生活とのつながりも見えてこないと思っています。でもまずは現行日本国憲法と、自民党の憲法改正試案に関するQ&Aをこの際は、ぜひ時間をかけても読んだほうが良いと思います。リンクを貼っておきます。

日本国憲法と自民党憲法改正草案の対照表

自民党憲法改正案Q&A(PDF)




2013年3月24日日曜日

『ポストモラトリアム時代の若者たち』読書会


 ひと月ぶりの更新です。

 さて、昨日はNPO法人Continueさんにて、共著者の方を迎え「ポストモラトリアム時代の若者たち」の読書会の第1回目を行いました。
 予定時間を迎えるまでは、会が上手く進行するのか緊張しましたが、この本の著者のひとりである村澤和多里先生と、教え子の大学院生が来られてテキストを輪読していく中で自由に参加メンバーそれぞれが、自分が日頃思っていることや考えていることを語る中において、とても良い感じで知的な刺激もあり、教わることもありで。
 やはり実際に著者の方がおられるということで、お尋ねする内容もそれぞれのメンバーが忌憚なくすることが出来、それに応えてくれる中で、序章4ページを元に話し合いをするだけで2時間半を超える活発な意見交換が出来た次第で、初っ端として、まずは非常に良い滑り出しだったのではないかと思います。

 参加メンバーは、著者で臨床心理士でもあり、大学の准教授でもある村澤先生、大学院生の方、大学卒後院生を目指している方、社会起業で農業をされている方、サラリーマンをやりつつサラリーマンの限界を意識している方、NPO運営者の方、そして僕のような半ゴモリ、と。多彩多様で、それぞれの立ち位置を意識しながら、80年代的なモラトリアムを知る人、知らない人の両者の思いを想像し、すり合わせながら(難しいことですけどね)テキストを元に共通認識を探す旅の時間という感じといえるかな(う~ん。表現が変。。。難しく考え過ぎかなw)。

 しかしまずは大学生というか、高等教育機関の過ごし方に関しては、僕のような80年代中葉に学生時代を送った時代とは明らかに違うということは確かに認識出来ました。僕が当たり前に抱いていていた「大学時代は4年間の自由なモラトリアムの時間」というものはすでに無く、もはや自分の子どもと言ってもいいような20代前半の学生さんにとっては「大学の4年間はお金で資格やキャリア教育、ソーシャルスキルを磨く時間」という具体的な発言で、その認識の落差、ギャップに目からウロコというか、驚きというか。そういうものがありましたね。

 まさに「どうにかなるさ」という時代に生きた自分と、「どうにもならないから、どうにかしなければならない」という言葉で率直に語ってくれたその時代意識の違いに知的な理解を超えた一瞬があって、ああ、そうなのか。世の中そういうところにすでに来ているのだなぁと自分の楽観的な構えを砕いてくれて。まさにこういう話し合いができる場をセッテングすることが出来たこと自体が得難いことだなぁと思いました。その現実を教えてくれた学生さんには本当に感謝です。
 その時、サラリーマンをされている方が的確にも、「もはや違う国なんですよ」という言葉で表現してくれたことに深い納得の笑いが場を包みました。

 そのサラリーマンの方も「サラリーマン社会は詰んでいる」というシビアな認識を元に参加されてくれているため、資格やスキルを求め、TPOに応じたコミュニケーションを使い分けることができる「リア充」を求めることよりも、まずはどういう構造に社会があるのか、結果としてサラリーマンを目ざすその方向性が自分たちにとってどういう意味があるのか根本から考えたほうが良いのではないか。大人も迷っている時代。就活ノイローゼになってしまう前に、もっと根本について出来れば親と一緒に考えたほうがよいのでは、あるいは学生さんとサラリーマンが同じテーブルにつく機会をもっと増やしたほうが良いのでは。確かに経験の違いがあるから簡単ではないけれど、まずはその方向からものを考える方が良いのでは?という提案があって、これは実に貴重な提案だなとシンプルに思いましたね。

 繰り返しになりますが、やはり著者の方がおられて、知らないことは教えてくれて、あるいは一緒の次元で考えてくれるこの時間は貴重なものでした。

 そういう意味でモラトリアム期間が喪失したと言えそうないまの時代(確かにそういう時代なんだ、と認識が新たになった)に、こういう集いの時間があることが、何というか。モラトリアムの時間再び!という感じがして、とても良かったのです。

 参加メンバーのより客観的なレポートはこちらにあります。ぜひご覧下さい。

 
 Hi-log 2  Continue読書会1-1 『ポストモラトリアム時代の若者たち』
  Hi-log 2  Continue読書会1-1 覚書メモ

 この前の日もNPOサポートセンターというところで「共学のつどい」という読書会をやっていまして、そちらはこの日に使われたテキスト、「ポストモラトリアム時代の若者たち」と論点が共通のところも多い小熊英二さんの「社会を変えるには」をテキストで読み合わせして自由な話し合いをするのですが、そちらも皆んな一生懸命考え、そして忌憚なく話し合い、聴く。同様なノリがあって、ハンゴモリの自分にある、「世間はどうなっているのか?」「社会はどうなっているのか」「みんな何を考えているのかしら?」という要求を満たしてくれる、とても貴重な時間です。
 こういうものを無料で語り合える場、テーブルについていられる幸福をしみじみ感じています。

 まあ、基本、生活のだらしなさがこういう機会に変わるわけは無論ないのでしょうけれども。
 そこに関しては。。。う~む。苦笑せざるを得ず、ですなw。。。いまのところ。ただ振り返った時に「あの時の意味」を実感できるかもしれない、という所に希望を託しつつ。
 両者ともに約7ヶ月かけて一つのテキストと向き合うので、ゴールの頃に少しでも自分の中に何らかの変容があればラッキーですけどね。

 Continueの読書会2回目(1-2)は5月14日(火)、PM7時より行います。次回は第1章。今後は参加メンバー各自が1章ずつ受け持って、発表を行い、それを受けて各自自由討議する形式です。場所はNPO法人 Continue内にて。市内、及び近郊にお住まいの方で関心のある方は、こちらへお問い合わせを。次回も著者の村澤先生が参加予定です。
 

2013年2月24日日曜日

もやい代表理事・稲葉剛さんの講演。

 久しぶりのブログ更新です。

 昨日、路上生活者支援で有名なNPO法人自立生活サポートセンター・もやいの代表理事、稲葉剛さんのトークイベントを聞いてきました。
 札幌の紀伊国屋書店の1階店舗のフロアでの講演です。

 内容は日本の貧困の実態、ワーキングプアやハウジングプア(不安定な住環境生活)、そして生活保護制度や生活保護費切り下げ、それに伴う政策としての「生活支援戦略」や、現政権の家族重視の方向性など、論点は多岐といえば多岐なのですが、貧困をキーワードにして相互の関連を丁寧に説明してくださり、わかりやすい講演でした。問題意識が高い人が多かったのか、30分の質疑応答も質の高い質問が多かった気がします。

 個人的には新味のある、あるいは新たな発見のある話ではありませんでしたが、国としての最低生活保障である生活保護制度に陥る前に、まず社会としてあるべきセーフティ・ネット網がほとんど機能しなく無くなっている方が問題なのではないか、というのが講演を聴きながら一貫して考えることでした。

 講演の最初の方で、もやいへの相談が若い人が増えていること、その話に付随して、期間限定の非正規雇用。そのような雇用形態の方々の職業的スキルが伸びないこと、またその逆に正社員として雇用されていても、若い人達が合言葉として「ブラック企業に気をつけろ」と言われるように、残業は当たり前、パワハラ等でメンタル面がやられるような企業がどうも増えているらしい話もありました。

 私自身、いつか、新聞で企業内定の若者のうち、25%近くが3年以内に内定企業を辞める考えがある、という記事を読んだこともあります。
 企業が若い人を使い捨てにすることがあるように、若い人もそのあたりさえ見越して、自分のサバイバル戦略を密かに考えている。否、考えざるを得ないということでしょうか。

 実は社会全体を考えた場合、このような労働市場が当たり前であるというわけではない筈です。まず、残業に関しては労働基準法で週40時間労働が定められていますし、残業に関しては36協定を結んで労基署に届けなければならない。そして当然割増賃金が発生します。割増賃金が発生しないとすれば、それはサービス残業なわけで、それを強要されるとすれば、会社を軸にした社会のルールがひとつ、逸脱していることになる。

 失業に関しては、この10数年の間に失業給付の制度が変わって、リストラ整理解雇が広範に及ぶにいたり、失業給付の給付期間が2分化されています。
 リストラ、解雇の「特定受給資格者」と契約社員の契約満了後の契約打ち切りによる「特定理由離職者」と、一般の自己都合退職などによる普通受給資格者の間に支給期間の格差があり、前者にはとりあえず分厚く、後者は10年まで働いても失業給付は3ヶ月まで、20年働いても6ヶ月しか支給がありません。
 そして、「自己都合退職」の中には結構、本来的には会社都合、いわば退職勧奨のような形で退職する人が自己都合に甘んじているのではないか、という想像も働きます。(典型は出産退職でしょうか)。

 また、後半、稲葉さんは高齢者の低年金による生活保護受給にも少し触れていましたが、年金は今後大きな問題で、国民年金にせよ厚生年金にせよ、保険料を取るのには頭打ちが必要なため、国は今後人口動態から年金給付は保険料納付の「5割まで」という設計を立てており、05年から100年までしか計画が建てられないという状況です。ですから、遠からず、年金の支給年齢を上げる検討にも入っています。そのためにまずは65歳までの雇用を会社に実質義務付けるわけです。

 経営が厳しい企業は出来るだけ社会保険料負担を減らしたいわけで(普通のサラリーマンも社会保険料負担は重たく感じるでしょう。税金なども含め、3割くらいは優に天引きされているのでは?)、するとおのずと社会保険料を納付しないで済む、非正規雇用、細切れ雇用を望むことになるというわけです。(現在、非正規雇用で働く労働者は35.2%、女性では55%近くになります)
 そうなれば当然、今後「年金」という形での生活設計が当てにならなくなります。厚生年金にかかっている人と、かけられなかった人との給付格差は歴然だからです。社会保険加入の正社員で居続けたい、正社員になりたい、というモチベーションは、その人の生き方というよりは、「生きていけるのかどうか」の選択になってしまうのかもしれません。

 このように労働法、社会保障法が法の実態と離れて、働く人たちなどのセーフティネットの機能を果たせないならば、おのずと安定した基盤を持たない人たちはナショナルミニマムたる生活保護にあっという間に転落していくと思わざるを得ません。生活保護がスティグマだとか、受給者が増える一方なので、受給者への給付を下げよ、とか。このような感情論とかアメとムチの政策を実施したりするのは如何にも近視眼的だよなぁ、と思います。

 国の保護を受ける前に、その手前の社会的セーフティネットが機能していないのですから。

 稲葉さんが着目し、詳しく調べているハウジング・プアの問題も、日本では公的住宅扶助制度が未発達であるがゆえでしょう。
 僕が小さい頃はもっと公的な住宅政策はあった気がするのですが。。。

 上記つらつら書き連ねたことで伝えたいことは、やはり因果関係がひっくり返っているからではないのか、ということです。結果としての生活保護制度をバッシングしても仕様がないわけで、そこへ至るプロセスの社会的政策に穴があるところ見なければならないと思います。でないと、おそらくどんなに生活保護に絆創膏的な政策を打っても、生活保護を受給せざるを得ない人たちは増え続けるでしょう。

 なぜこうなったのか。これはやはり日本が製造業を中心に据えた高度成長社会モデルから抜けられないまま、今に至っているからだと思います。70年代の2回のオイルショックで製造業や労働集約的な産業に打撃を受けた西欧では、標準世帯モデル=稼ぎ主・夫、主婦・妻、ふたりの子どものモデルとなる高度成長型モデルから、第三次産業中心の低成長モデルに合わせ、社会政策を重視する傾向になっていると言われます。そのような経緯があって「社会的包摂」という言葉が定着したのではないでしょうか。でないと、高失業である若い人を中心に社会の基盤が崩れてしまうだろうからです。

 これは僕の乱暴な想像ですが、特に西洋で社会政策、特に若い人への教育を含めた社会政策や職業政策が重視されるのは、第二次世界大戦の教訓が大きいのではないでしょうか。
 民主主義が成熟し、知的レベルも高かったドイツがナチスを呼び込んだのは、第一次大戦の膨大な戦争賠償金や大恐慌などによるホワイトカラーを含む失業者の増大。良き時代を全然知らない若者。そして戦争帰還者たちの寄る辺のない見捨てられた思いでした。

 そういう問題、つまり「仕事がない」状況が民主主義社会を内側から崩壊させる。その危機意識があるのではないかと。つまり現状、仕事がなくても、未来はあるような政策。社会で生きているという実感に結びつく政策を立てれば、社会システムが崩壊するところまではいかないだろう、と。。。
 すみません、これは僕の勝手な「想像の飛躍」です。

 いつもどおり、話が横滑りしていますが(苦笑)、稲葉さんの話を聴きながら一貫して思ったのは、まずは日本の場合、「高度成長社会モデル」と「標準世帯モデル」はとても良かったものですし、社会基盤の安定には理想のモデルで、そういうモデルが今でも通用するのであれば最高なのですが、実態上、今後はそのモデルは通用しないことを前提として、新しい社会政策を立て直すこと。そのためにどういう制度が必要か、足りないところは何かを考えるべきなのではないかな、ということです。

 当面、この状況では上からの生保運用をしたところで、生活保護受給者は増えこそすれ、減りはしないだろうと思いますし、また、此の所なんとは無し、誰かバッシングしたくなるような情緒で社会基盤を自分たちで切り崩す方向ではなく、まず社会としてのセーフティネットを貼って、相互のあら探し社会を何とか弱めていけないものかと思います。本当にそうしないと、日本の国も内側から民主主義が切り崩されていかないか。そのようになっていくことを、普通の人々の意識が加担して行かないか?と不安です。

 そんなことを頭の中でいろいろ考え、感じながらの稲葉さんの講演を聞いていました。

2013年1月8日火曜日

この国はどこに行くのだろう?池澤夏樹新春エッセイ

 お正月も7が日が過ぎ、2013年も本番の感じです。
 しかし、私自身はどうもこの正月以後、気分がパッとしません。手がかりのない夢を見るには確かに年を取り過ぎていることを自覚してしまう側面もありますし、老いた両親への気がかりや、自分の今後のなりゆきの事を考えれば、身体重力が重く感じられる側面は正直あって、加えて例年に無い厳冬や例年に無い大雪という物理的なこともあるのでしょう。

 でも、それ以上に憂鬱気分が抜けないのは、昨年末の衆議院選挙の結果と新政権の誕生と、そこからもたらされるだろう政策や、方向性のありようを考えてしまうことです。
 大きく言えば、社会的マイノリティに属し、また、その種の考え方にも属していると思う自分のようなものにとり、自民党の政権奪還と安倍首相から溢れ出すキャラクターから滲む「信条」の国民へ向けたサインのようなものから見えてくるもの。それを考え思う際の”しんどさ”です。

 もう一点は、なぜ今の日本の私たちが再び安倍さんのような人を首相にし、安倍さんの思想に基づく自民党の主流に乗ったのだろうか?その私たち市民の感性のありようとでもいうものへのクエッションです。

 そんな自分の疑問を上手く表現してくれたのが、作家、池澤夏樹さんの1月5日新聞(当地では北海道新聞)に寄稿された新春エッセイ『この国はどこに行くのだろう?』でした。以下、逐次引用します。

 年が明けた。これがどういう1年になるかよくわからない。選挙の結果はこの国をどこへ連れて行こうとしているのだろう。安倍政権は国の力をどんどん強くするという方針のようだ。国民よりも国家、安全や福祉よりも経済、被災地より領土…
 
その後、あの選挙とは何だったのか?と問いかけ、人が家を購入する場合のことを比喩に、家の購入とは、購入に関する費用の返済計画も含め、真剣にならざるを得ない問題だ、と常識的な例を挙げます。そして選挙に関しても。

 本当ならば選挙も同じことなのだ。国の方針にはこれから何年かの暮らしがかかっている。選ぶ党によっては、あなたの来年の収入は倍になるかもしれない。もう少し先で、あなたの息子は戦争に行くかもしれない。
 しかしあなたは選挙をそこまで真剣には考えない。3年ごと4年ごとに巡ってくるのだし、家と違って一対一ではなく何千万人かの中の一票でしかない。だからあなたは理性よりは感情で決める。理詰めで正しいか正しくないかではなく、好きか嫌いかで判断する。(中略)政治という制度に期待しない人たちは投票に行かなかった。

 そして、3年前の民主党政権の時も今と同じように日本という国は状況は閉塞していた、と時代の空気を描き、

 初めは希望に満ちていた。国の雰囲気ががらりと変わり、日本は新しい時代に入るかのように思われた。
 
そう。思えば僕もそうでした。僕は民主党に投票しませんでしたが、鳩山政権発足時に各閣僚たちから発信された政策発言に、閉塞を刷新する何か希望を感じましたし、特に当時の鳩山首相の初めての所信表明演説で、東北の有権者の老いたお母さん、息子さんを自殺で失った母親の言葉を引用し、「いのちを大切にする政治」を訴えたときは素直に感動したものです。

 しかし、池澤氏は民主党は結局は実務に素人で、政治の現場のリアルに自分たちの思想を機能させられなかったと総括します。(僕もそうだったと思います)。

 そして、ここは最も重要なポイントだと思ったのですが、「今回の政権交代のどこかに東日本大震災は影を落としていないだろうか」と問いかけます。これ、全く同感です。そして2つの方向があったのではないかと仮説を出します。これも、全く同感です。

 例えば、311当日に首相の席にあった菅直人に対する感情的な反発。…(あるいは)
震災そのものをみんな忘れたいのかもしれない。現地の人々をその場に残したまま。

 そして、

 ずいぶん前からぼくたち日本人は新しいものを好むようになっていた。消費社会というのはそういうことだ。(中略)
 安倍政権はいずれ引っ繰り返るかもしれない。この先もずっとぼくたちは目先の新しい政治を選び続けるのかもしれない。

 もしも安倍政権がひっくり返ってもその先の展望はより良いものというふうには池澤氏の文章はなっていません。むしろ、気まぐれの果ての暗い見取り図を描いてエッセーは終わります。

 
 どう考えるべきか、と改めて思います。
 確かに真面目な人の投票行動を考えてみても、今回は政治家の側も有権者の本当のニーズに応える政党が見当たらなく、多くの政党が文字通り選挙互助会と化し、さながら非正規社員にとって価値ある就職活動とさえ揶揄されるような、国会議員という「職業」に就くための就職活動さながらの多党乱立ぶりで、真面目な有権者の投票行為に水を差すには十分な選挙だった点もあります。また、死に票がそれだけ多くなる分、「勝ち馬投票行動」になりやすい小選挙区制という制度上の欠陥もそれゆえに顕在化したとも思います。

 でも。池澤さんの文章を引用してなお、考えこんでしまうのです。自民党が訴え、政策化する経済成長戦略が庶民の分配のメリットになるとは思えないし、本質的に雇用状況が良くなるような公共事業政策とは思えない。大事なのは厄介でも「大型公共投資」ではなく、現役世代も含めた「セーフティネットを含めた労働政策」のはずでした。

 まして、参議院選挙の結果次第では、池澤氏が上述したように、「憲法改正がライフワーク」と公言する現首相の戦後憲法に向けたチャレンジが始まるでしょうし、その際には「人々より国家」のイデオロギーによって、少数派や、表現の自由を求める人たちにとって、不利な条件を揃えるものになっていくでしょう。自民党の改憲法案とはそういうものです。

 僕は思うのです。今の日本は本当に各所各部面で余裕がなくなってしまった?不安に覆われてしまった?故に、冷静に理性的な政治選択の判断も難しくなったのだろうか?と。
 制度の問題、政治家の浮き足立った問題と加えてあの3年前の政策重視、マニフェスト重視もどこへ行ったのか?と。そのように考えるのも倦むようなところにいま立っているのだろうか?と。

 自分の寂寥感は、自分自身の生き様の問題がもちろん一義的にはあるのですが、それに加えて、昨年の自民党の圧勝の政治結果にもあります。それを現実の中に共有できる環境にない。こうやってブログで独りごちていますが、これでは良くないとも思っているのです。しかし、ぼくという存在も含めた「日本のひとびと」の共通認識とはどこにあるのだろうか、と思い惑ってしまうのです。

 (表現の自由)
第二十一

1.集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。
2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。
(自民党改憲法案)


2013年1月1日火曜日

2012年を振り返る(Ust)

 
 
 
 あけましておめでとうございます。
 
 端的に言って、昨年の末の選挙の結果を受けて考えられることは、自分のような人間にとって、一層厳しい社会事情を生きることになるな、ということでした。
 
 政治も経済も社会に還流されるものだという事実がある以上、それは避けがたいものです。
 参議院選挙もあり、試練の年ですが、何とかこの現実を乗り切りたいものです。

 昨年、通信ひきこもりの取材で得たものは自分にとって人生においてもエポック・メイキングなことでした。そんな大げさな、と聞こえるほど、手持ちカードの少ない人生を過ごしたものには価値あるものだったのです。内容を外部にまとめる際に落とさざるを得なかった細部の伝えたかったものがありました。最も小さなところから、大きな社会を考えるヒントがあると考えています。
 それはドンキホーテのような考えでしょうか?


 2012年の大晦日に1年ぶりにユーストで「今年を振り返る」をiPadで収録したのですが、アップロードまで平気で5時間以上かかってしまいました。遅れてすでに年が開けてしまいました。((;_;)。
 奇特な人はご覧くださいませ。(1時間20分の馬鹿長さなので。ナントモお勧めしにくいものなのですが)

 2012年を振り返る(Ust)
 

(音声が小さめですのでお気を付けください)

2012年12月19日水曜日

「困っているひと」から「生きづらさ」へ

 昨日は半分は当事者意識、半分はボランティア的に係わっているNPOにて事業に絡む集いに行ってきました。

 いわば社会的排除に置かれている当事者の方がいて、そのご家族の方が中心に集まると思われ、確かにそういう立場の人が来られてはいたのですが。むしろ実際に話をされると、ご家族の困りごとというよりはご自身の悩みを中心に語られる場になっていたようで、深く考えさせられたところです。

 具体的なことは書けないですが、一般に人生のライフステージで起きる事柄、課題に向き合って頑張っている方々のお話なのですけれども、そのライフステージ上の頑張りにおいて、その頑張り中での悩みを聞いてくれる周囲の状況というものが無いのだなぁということが正直驚きでもあり、また今後の自分の人生上の課題も含めて考えさせれたところです。

 社会サービスの利用だけでは済ませられないその「人」としての心のありよう、つまりひとである以上普通に生活を送っている人、あるいはそう見える人々の悩みが、何故かこの「社会」というか、「世間」というか。そういう場で吐き出せる場所が無いように思われるのでした。

 語られた内容はもともとのNPOの趣旨とは多少別の枠組みでの問題とも言えるのですが、最近自分が感じるのは悩みや困りは「区別すること」が難しくなりつつあるな、ということです。

 それはそれで標榜するNPOの目的からすると対応の難しいことなのですが、さりとてそこに特化・限定できないものに広がっている感じがあったのが、昨日集まりに参加しての実感です。

 先に大学の先生に行ったインタビューでも「生きづらさ」というテーマの話の枠組みの中で、社会的排除にある人のみならず、一見社会的なというか、経済的なというか、労働者的にというか。そういう場所で勝ち残ったように見える人も「いつ、自分もどうなるかわからない」という不安と同居している感じがありますね。と語られたのが印象に残っていたのですが、その話を思い出したのが昨日でした。

 逆に浦河のべてるの家とか、釧路の地域生活ネットワークサロンなどのNPOや障害者の企業がその自分たちが持つ弱みを強みに生かしている。社会の問題が集約的に現われていると思われている所にこそ、新しい社会を構想するヒントがあると思います、という話は一見理想的に聞こえますが、でも、何か社会の側が「照り返されている」感じもします。

 う~ん。難しいな。
 今までの基盤が揺らいでいると、つい逆ベクトルが正しいという話にもなりがちなので、そこはバランスをとって考えなければならないけれども。

 ともかくいまの感想では、普通の人たちも生きづらさを感じている。その時、例えば選挙などの際に現れる政治に関する向き合い方としては、相変わらずの「無関心」か、あるいはまたもや強い力に引っ張ってもらいたい。はたまた自分を投影して自他を鼓舞する。弱みを見せちゃ駄目だという気分が反映している気がします。それって素直なことなのかな?と。

 僕にはその結果がより一層、困っている故の救済願望や、自分が強くなる、やはりもう自助努力しかないのだという考えで行くとすると、ごく普通の人が普通に話せたのかもしれないプライベートの悩みの持って行きどころを一層失っていくのではないか?という気がしてならないのです。

 子供っぽく書けば、社会が強がっている限り、歪みが広がるっていうのかな。

 で、いま実際の現実には「困っている。悩みを吐き出したい、ぐちを聞いてもらいたい」という一点だけでも集まって話し合える場が必要となるのかな…と思ったり。

 しかし、その具体的なものと考えると、答えが出せない。そんな思いを抱いています。

PS.記事のタイトルが適切かどうか、分かりません…

 

2012年12月2日日曜日

「ポストモラトリアム時代の若者たち」書評

『ポストモラトリアム時代の若者たちー社会的排除を超えて』村澤和多里、山尾貴則、村澤真保呂 世界思想社

 
 1997年から98年にかけて金融不安による大手銀行や大手地銀の破綻による不況の可視化に伴い、失われた10年を遥かに超え、もはや我が国の斜陽化は自明に思える。この期間、雇用問題や精神的な負荷は若者たちへと、一番中心的なしわ寄せをされてきたと言ってよいだろう。非正規労働の拡大化に伴い団塊ジュニア世代以降に際立つ問題としては若年ホームレスやひきこもり、ニートの問題として顕在化した。それは日本企業の要請の結果でもあったし、アメリカン・グローバリズムの帰結でもある。
 この間、幾つもの政策提言も含めた若者論が現われた。それら若者論の中でも、心理社会両面において昇華し統合された本がついに登場したというのが評者の最初の感想である。
 
 論点は多岐に渡る。しかし、共著者3人の筆者たちの問題意識に通底しているものは同じものだろう。細分化している若者たちにまつわる問題群や文化論は分解して見ていくと拡散してしまうが、筆者たちの問題意識として通底しているのは「モラトリアムの消失」と「若者たちのアイデンティティの危機」ということであろう。若者たちが成長のためのメタモルフォーゼを試みる時間の喪失が社会の変容による結果であることがこの本を読めば分かる。まさに、ひきこもりやニートなど若者たちに起きている問題は「社会と心のつなぎめ」で起きていることなのだ。
 
 本書を外観すれば前半で戦後の高度成長化における規格大量生産型のフォーディズム体制での若者の「理由なき反抗」が実は青年が大人に移行する過程において必要な自己再構成のためのモラトリアム課題であったこと、そのモラトリアムがアイデンティティ(自己同一性)確立のための心理過程であると喝破したE.Hエリクソンのアイデンティティ議論を踏まえて、若者のアイデンティティ・クライシスは、生き方の方向性喪失や、役割危機であり、敷衍すればひきこもりの問題も引き伸ばされたモラトリアムの中でのアイデンティティ拡散による危機の結果ということは言えるだろう。
 
 しかし、かような古典的な意味でのアイデンティティの危機なのであればその若者自身の役割取得の失敗と言えるかもしれないが、問題を現在社会的に見れば、むしろ古典的なアイデンティティ獲得のための心理的な努力をしたとしても報われないような社会の激変があり、すでに多くの社会成員が古典的な意味でのアイデンティティ確立の努力を経たのちに社会に入っていくという構造にはなっていない。端的に言って、社会が流動化し、その流動化する社会に適応しようと人々は常に自分のリスクを痛烈に感じながら生きており、モラトリアムを経てアイデンティティ確立を目指す若者たちを後押しすることは出来ない社会になっている。現在のようにルーティンの中では生ききれない動的な社会では、アイデンティティは常に揺らぐ。
 
 それ故に学生は常なるリスクに立ち向かうべく資格の取得に奔走し、無事に就労できるべく、かつて学生時代に必要だと思われた「どう生きるのか」「なぜ働くのか」と言った学外での学生同士の対話や、あるいは無為に思われるような「遊び」の時間を失い、モラトリアム期間を消失した時間に生きる。
 
 かくして、いわば「経済的モラトリアム」の中で学生時代を過ごし、「市場青年」たるべく無為な時間を喪失した中で「有用な時間」を生きる。
 
 アイデンティティ拡散によるひきこもりを経験している中年世代の評者としては、このような若者たちの余裕のなさ、あるいは猶予のなさが余りに残酷に思える。何が自分にとって大切なことなのかを考える暇も無いだろうからだ。勿論、古典的な意味でアイデンティティ拡散に陥り、社会的役割を引き受けられない。目標喪失し、自己決定を回避するという問題は過去から今に至るまである。今も昔もひきこもりなどの選択などは、アイデンティティ拡散の議論としてある程度説明は出来ると思う。
 
 しかし繰り返しになるが、モラトリアム期間における自分との向き合いの苦しさや危険、逆に「自己の世界観の広がり」は学生時代の無為の自由な時間の中にもあったはずだし、それが社会に豊かさや広がりをもたらして来たと充分に仮定出来る以上、現在の経済困難を主原因とするモラトリアム期間の消失は、社会に新しい風を入れることが出来ないという意味で、社会の不安定要因ともいえよう。古典的なモラトリアムの時代には、自己省察と自己再構築によって社会の枠組みの「理由を知り、豊かな見識を持って」(J.J・ルソー)再びそこに参加していくことが理想化された。またそのあり方が社会の成長と幸福な一致を見ていた。ところが流動化している現在進行形の社会では古典的なモラトリアムは通用しなくなってきている。

 それゆえに、古典的なモラトリアムの中で呻吟する者はおそらくひきこもっていくしかない。この「経済的モラトリアム」の時代においては学生は無為の時間を無為に過ごしながら思惟したり遊んだりできず、有用性の時間を生きざるを得ない、と考えられる。そして有用性の時間に”ノレない者”はひとつの選択として「ひきこもらざるを得ない」。
 
 若者たちが心理的な放浪が出来た時代は“放浪の共同体”が残っていたが、今は無いと本書では書かれる。放浪した若者たちを受け入れてくれる社会的空間もない、と。かように現代社会で「自分の物語」を持てない若者の時代は、社会にとっての「大きな物語」の喪失と分かち難く結びついている。ゆえに物語を喪失した「市場青年」になることを忌避し、「兵役拒否」をした若者たちはひきこもることが選択肢となる。
 
 大きな物語のない時代、そして古典的モラトリアムを経ての成長の物語が喪失した時代においては、新たなモラトリアム、いわば「主観性の地図」が自己の存在基盤を作り直していく生成プロセスとなる、と本書では数少ない(?)希望を語る。「主観性の地図」とは、既成の物語やマスメディアなどが作る出来合いの自己ではなく、自己が生きる世界の地図を自分で作り、その地図を生きてみること。もし失われたモラトリアムが再生するとしたら、その地図を作る過程のなかに、あるいはその地図が広がる空間の中にあると考えられる。
 
 社会将来のために試行錯誤し、旅の仲間を作り、地図を広げていける時間と空間の余白やスペースを作るのが現在進行形の社会における必要な役割になるだろう、ということになる。
 
 考えてみれば、若者たちにとっても最も辛い立ち位置にいる人たちこそが、一番多数派とは違う生き方を自覚的に選んで生きることを意識させられるのだともいえよう。その意味で苦しいひきこもる青年たちにこそ却って新しい生き方を提案するという難しい示唆を示す本でもあるが、共著者に臨床心理士も含む『若者サポートステーション』における若者ミーテングの実践過程の報告が、傷ついた若者たちへの一つのヒントになる。このミーテング実践の理念を知り、まずは自己承認作業を通ずることで、弱きところ、小さいところから新しい、この危機の時代の突破力になるということも同時に示唆しているように思える。
 
 他の論点としては「腐女子」の章でマンガのオリジナルをパロディ化し、キャラ萌えなどを通じての二次創作など、新しい自分流の編集作業を通じての生きがいをもつなどの面白い動きも取り上げれれている。

 そして若者社会変容の歴史を追えば、若者の反抗反発が社会から個人へとどんどん領域が限られていく状況があることを伝えてくれる。「学生運動」→「校内暴力」→「学級内いじめ」→「家庭内暴力、登校拒否、ひきこもり」と、異議申し立ての社会問題が個人病理へと変化しているという指摘もあって、目からウロコが落ちる。
 社会的つながりの働きは個人的な葛藤を集団内で共有しあえることが出来たが、共同体価値基盤が消失した現在では、それを「個人と制度」の中に回収してしまうという着眼も鋭い。
 
 社会の第三次産業化、サービス社会化の変化が与える影響については、ひきこもり問題を考える上で他の識者たちも多くが指摘するところであり、ある種の普遍性があるといえよう。
 また、この本においては「再帰性」という言葉が重要なキーワードになっている。その概念が持つ重要さはイメージとしては掴めるのだが、その意味が多分に多義的な使い方をされているのが、やや気になる点であった。文脈に合わせ、つどつどの解説は欲しいところであったというのは贅沢なところであろうか。
 
 いずれにせよ、自分の中で曖昧に持っていた「こうであろう」という感覚が理論としてきちんと提示され、何がしかハッキリ見えてきた気がしたのは大変に有難かった。この本の記述を通して見えてくるものは実に多いはず。特に若者支援などをされている人などには強くお勧めしたいところ。
 
 2000年代に顕在化した若者問題としては最も良心的な適切さを持つ本だと思った。唯一難点を言えば、やや社会学的な記述が多いので、その種の本に読み馴染みが無い人にはとっつき悪いところがあるかもしれないところかもしれません。

2012年11月4日日曜日

堺市の高校教師の取り組み

 ここ2日ばかり激しい風や断続的に降り続く雨にやられて、結構しんどい思いをし、今日は疲れた体を休めた状態ですが、それは北海道大学で行われている長期のイベント、『サステナビリティ・ウィーク』に参加の際、その帰りに諸に雨、風にやられたせいでもありました。

 しかし、人文社会学に関心がある私にとって「生きづらさを超えて」をテーマに行われた講演とシンポジウムは有意義でした。
 初日は「優しさのゆくえ」などを書かれた栗原彬先生の講演。昨日の土曜日は午前の仕事ののち、「学校と仕事が出会うとき」というテーマで、堺市の高校での現代社会授業の取り組み、そしてデンマークの職業訓練と人格教育を兼ねたと思われる「生産学校」の紹介をされた名誉教授(大学は忘れました)の二人の話とその後のシンポジウムに参加。

 個人的な関心に即して言えば、堺市の教育困難校で長く現代社会を教えられた教師、井沼先生の話が響きました。教育困難の理由としては、複雑な家庭環境や、厳しい経済状態が背景にあり、生徒の約8割はバイトをしています。そして残念ながら、退学率も高い高校です。

 井沼先生によれば、「言葉が通じない」くらいの生徒さんとの出会いが年々増えてかなりカルチャーショックを受けるようですが、複雑な家庭事情を抱えている子女が多く、必要性があってアルバイトをしている生徒さんが多い。そのアルバイトでは最低賃金以下、あるいは労働基準法を守らない使用者に安価に使用される労働力として生徒さんが使われているとの話。
 それで、井沼先生は抽象的な現代社会の勉強をするのではなく、彼らの実際の日々の生活に即したーすなわち、バイト込みの生活ーで使用者に利用されないよう、まずは「雇用契約書」をもらおう、そしてその体験を元にレポートを書き、事例を元にグループワークを行う取り組みをします。

 この取り組みの話は非常に面白く、雇用契約書をもらって、労働基準法を超えて働かされている事例、そもそも”雇用契約書?WHAT?”な使用者もあり。そこで気づきを得た生徒たちは「ムカついたり」「イライラさせられたり」しながらも、学校で自分たちが置かれた労働環境をフィードバックしながら、職場に再度新しいアプローチをします。
 なかには「使用者は毎日残業残業で、あるいは家庭にいざこざがあって」諸々の事情で社長や店長も大変なんだ、と呑み込んだり、あるいはパートのおばさんと話しながら上手く売り場主任会議から、店長会議に持ち込んで、ついに最低賃金を確保するという、職場民主化の手がかりの導き手になる子がいたり。

 この実践はある種感動的で、中には労働法にある程度精通していく生徒の中には「店長インタビュー」を行って、どこに会社の経費が使われているのか理解を深める生徒もいるのです。そのレポートなども感動的です。

 最初はバイトをやっても、待遇が悪いとどこかで感じても表現の方法が分からなかった高校生たちが、労働基準法や労働契約法を学ぶことを通して働く者の権利が守られていることを知る。そして、知った以上、何らかのアプローチをせざるを得ない。個々のレポートを見ると、その若者たちの瑞々しい現実との向き合い方にグッとくるものがあります。中にはこの取り組みに会社の人が感心し、法を守ることが会社のイメージアップにもつながるんだなあと気づくケースもあるようです。

 授業最後の自分のバイト先の店長などへのインタビューで過労、労働法違反の長時間労働、忙しくてまともな食生活も取れない実態を知り、ムカつく自分たちの扱いをする大人も大変だなあと気づいてもいくわけです。そうすると、改善意欲が高い生徒さんだと、そっから先の問題意識はポジティヴでしょうね。

 もうひとつ深く感銘したのは、この現代社会の授業カリキュラムです。バイト先から知る労働法のみならず、「契約って何?悪質商法」「キャッチセールス、ロールプレイ」、「一人暮らしの自立度チェック」「高校生のためのライフプラン入門」「賃金、女性と労働、解雇予告」、「社会保険」「派遣労働」「カード社会の落とし穴」「ローン計算」「最後のセーフティネットとしての生活保護」etc・・・。

 まさに、高校を出たあとに社会に直面せざるを得ない生徒さんのためのカリキュラムがぎっしりです。ここまで実際的な社会の勉強であれば、下手な大学生さんなどよりもより実践的な知、生きるための知識が身につくのではないでしょうか。

 280人入学すれば、80人が途中退学するような困難校ゆえにおそらく全ての授業が真剣に学ばれるということはないかと思いますが、不詳、自分なども高校ぐらいでやって欲しい生きていくための落とし穴にはまらない教育があればいいのに、という実践がちゃんとここにはあった、ということがとても嬉しい驚きでした。

 ただ、授業を受け持っていた井沼先生も現在は進学校に移り、移るとそのような学校においては、このようなカリキュラムは立てられないとのこと。
 おそらく大学を意識するとこれらの実践学問は等閑視されるのでしょうが、現代社会の厳しさを考えると学校が本来伝えるべき知識の転倒を感じざるを得ないですね。

※この文章は自分の社会保険労務士事務所ホームページのブログから転載しました。

2012年11月1日木曜日

味わい

 毎朝、自転車でJR札幌駅近くの屋根付き駐輪場に自転車を入れてアルバイト先に向かいます。駐輪場を借り始めた時以来、早朝早番で出勤される60代半ばくらいの人柄の良さそうなおじさんがいつも「おはようございます」「行ってらっしゃい」。帰るときには「気をつけてお帰りください」と。
声がけをしてくれて送り出してくれます。
 この6月に駐輪場を借りるようになって以来、早い段階から自然に親しみが湧いて、時折雑談したり、挨拶を交わしたりしていましたが、今日は割とじっくりと帰り際に話ができました。

 このところ朝、いつも駐輪場の中にいたおじさんは最近は見かけなっていました。寒くもなってきたので、早朝は入口の所にある管理室(高速インターチェンジのお金を授受する場所くらいのスペース)の中にいるんだろうなと思っていたのですが。
 本日は向こうの方から「久しぶりですね。朝なかなか会えないのは上(二階)や、他のことを先にやってしまいたいものでねえ」との話。僕が「いえいえ。もうこれから寒くなってきますしね。管理室の中にいらっしゃるかと思ってましたよ」と水を向けると、おじさんは「いやあ、それはねえ。お客さんが寒い中自転車で来られるわけでしょ?そんな様子を見てると、中に入っているという気になかなか、なれないんだねえ」と仰る。ほお~と感心して、「〇〇さん、失礼ですがシルバー人材センターから派遣されてきたのですか?」と尋ねたところ、「いえいえ」と。僕が「いやぁ、実はもしかしてサービス関係のお仕事をされて来た人かな?と思ってて。そんな感じがしますけど」と言うと、「うん。この駅のそばのビルの二階で理髪屋やってたの。いま〇〇(某焼鳥チェーン)がはいってるビルの2階でね」「ああ、なるほど~」。

 どうりでね、と思いました。前々からこのおじさんの親しみやすさや礼儀の良さには感心していたのですが、この屋根付き駐輪スペースの場所からほど近いところでずっと理髪屋さんをやってたんだ。「いま、引越ししてね。中央区の電車通りの方に移ったんだけど、向こうは道も狭いし、迷子になるよ。前はここのそばにね。住んでたの」「あぁ、それは近くていいですね。全く圏内じゃないですか。それじゃ、この風景がずっと馴染みですね」「そうね。もう50年近く、こちらでね」と。くふふ、と笑われる。

 いいなあ。いい味だ。そう、昔は理髪屋さんがそこかしこにあったんだよなぁ。職住一致だったりもして。もちろん駅の中心部なので、床屋さんが実家じゃないけど、長く職場のすぐそばに住んで、今も中央区のすぐそばが職場なんだ。いいなぁ。「お客さんが寒いと思うと、座ってられなくてね」、という言葉も理髪の仕事をやってた時代の習慣というか、気分が続いているんだろうなぁ。
 

 人さまの生きざまだから、簡単に推測してはいけないけれど、何か、自然ないい生き方をしてきてるんだろうな、と思って清々しかったのでした。
 今日はじっくり話が出来たので、表情なり、雰囲気なりも確認できたんだけど、とても自然で温厚そうな雰囲気。僕はこういう人がとてもしっくりくるし、元気をもらえます。

 地下歩行空間でビックイシューを販売しているMさんも、そう。最近はついつい甘えて1時間くらい話し込んでしまうけれど、この方も自分に対してオープンだから、僕みたいなかなりの人見知りも話しやすい。そして何より感心するのは客の流れや、その日々のイベントなどなど、人通りを客筋として見ている観察眼。その商売目線。それが全然嫌味でなく、普通に開放的に話してくれるので、勉強になることが多いのです。この方の表情やルックスもとても味わい深い。

 サービスの勉強を事前に仕込んでコミュニケーション能力を高めてサービス業に従事する。それを誠意あるプロフェッショナルな意識で向き合うならば、どんな若くても中年の方でも僕はとても敬意を感じますが、そういう事前に学ぶ方法じゃなくて、日々の中で培われた自然な気遣いみたいなものを昔の自営の人は持っていたんだと思います。
 そしてそれは「失敗」も含めて世の中全体で守られてるというか、包摂されて成長できてったような気がするんだけど。。。この辺のことは自分自身が未開の領域なので、なかなかうまい言葉が見つからないのだけど、感覚としては何かわかるんです。

 ビックイシュー販売員のMさんも話されたんだけど、買い物って、お客さんと売り子さんの、こういういろんな会話込みのものでしょ?というのは確かに、とうなづける。
 僕はおっさんなんで、いわゆる「〇〇銀座」のようなスーパー以前、つまりどこも商店街で物を買うのが当たり前の時代も知っています。
 子ども心にそれがけっこう嫌で苦手だったりしたので、結局この便利な時代に馴染んで生きてきたんだけど、段々年をとって昔ながらの居心地の良い時間が恋しくなってきたような。
 そんな気がする最近です。(まぁ、若い人相手、特に若い女性相手だと難しいと思いますがw)

PS.
 ケレン味のある文章を書いているうちにもう一つの書きたい情報を抜かしてしまいました。この10月より社会保険労務士事務所を開業。まだ作成したばかりの簡易なものですが、ホームページを開設しました。こちらが半分位、自分にとって肝心だった情報。
 「杉本社会保険労務士事務所」