2014年7月16日水曜日

大人も社会を学ぶ

今後のことも見据えて拙編書インタビュー集「ひきこもりを語る」を読み返していて、ある識者の「大人も今の社会を学ぶということですよ」という言葉に出会って、これだな、と思いました。

もと当事者として社会が分かっていない、多彩な各自の専門分化した仕事などの領域が広大で大人の年齢になっても社会が分かってないという漠然とした不安は常にありました。分からなさ過ぎることがハンディになっているのではないのか、とも。

でも、最近の物凄い勢いでの社会変化、特にテクニカルな環境が与える人々の意識変化など、もはや多くの人が社会を見渡せないんじゃないかな、と思うのです。

であれば、おそらく機能分化した各分野で物思いながら仕事をされたり、役割を果たしたり、あるいはそれらをキャンセルしている人たちの考えって一つ一つが価値があるんじゃないかなと最近思うようになりました。

私としては、それらの一つ一つが自分が思うことと一致する点や思いもよらぬ点などさまざまだと思いますので、それをインタビューという形で不器用ですが、お伝え出来ればなと思います。
「大人の人も学ぶ社会」のサイトがもし構築できたら凄いことですね!
夢だなあ。でも一人では限界がありそうです。長い目で見たら誰か協力者がいればなぁと思います。

あと、ネットは不特定多数なので、ネットに上げられることに関して困りますという話も今後出てくると思うので。。。その点も課題になるかな、と思っています。

2014年3月22日土曜日

新書「ひきこもりを語る」販売中


 新書『ひきこもりを語るーひきこもり経験者が訊く八人の有識者へのインタビュー』、先週土曜日に完成本が届きました。
 348ページですと、流石に分厚いのですが、定価500円で販売しております。
 
 
 幸い関係者を中心に評判もあり、現在残部数が35部程度になります。
 通して読むとさすがに軽い疲労感を感じるかもしれませんが、冒頭最初の精神分析の考えから問題を考える安岡譽先生と、最後8人目の釧路で地域生活福祉の先駆的活動をされている櫛部武俊さんのインタビューが円環状につながっているような思いに駆られます。
(編者自身がそのように書くのもおこがましいですが)。

 下の長文記事に記したように、話を伺った先生たちの専門領域はこの種の本にしては結構幅が広いと思いますが、多様性とともにある種の共通性があると思います。其の辺も組み上げてくれれば深甚なる幸いです。

 本がやや厚めのため、クロネコメール便が使えず、やむを得ず「ゆうメール」にての発送になりますが、関心、興味がある方はぜひ当方にメールにてご連絡ください。その際、お届け先の郵便番号、住所、お名前をよろしくお願い致します。
連絡先:tituart@gmail.com

 郵便振替用紙(青色の払込取扱票)を同封させていただきますので、そちらに口座番号等をご記入の上、振替用紙にて書籍代(一冊・500円)を送料込みでご納付ください。ATMですと、振替費用が80円で済みます。
 

口座記号番号 02710-0-101624
加入者名 杉本 賢治

<ゆうメールによる送料の概ね>
1冊 215円
2~4冊 340円
4冊~7冊 450円
8冊以上 590円

※尚、ローカル月刊雑誌のフラッシュニュースに掲載される予定があるようですので、関心のある方はお早めにご連絡をいただければ有難いです。また、配送封筒の準備等がありますため、やや配送が遅れるかもしれません。そちらは準備出来次第、迅速対応致します。

2014年3月3日月曜日

インタビュー集『ひきこもりを語る』3月中旬刊行予定。


 
 この度、個人出版ですが、『ひきこもりを語る』というインタビュー集を新書にて刊行する運びとなりました。完成は3月14日を予定しています。
 
 このインタビュー集の原点は、おおむね35歳以上のひきこもっている人たち同士をピア・サポートするNPO法人、「レター・ポスト・フレンド相談ネットワーク」の隔月通信会報誌にあります。通信会報での企画を考えていく中で、「ひきこもりに詳しい有識者に当事者視点からインタビューを行っていくことはできないだろうか?」というアイデアが出た中から始まりました。
 
 インタビューは助成金を戴いて作成した同NPO法人会報誌『ひきこもり』2011年11月号から2013年3月号掲載分まで、7人の先生方にお話を伺いました。実質、11年9月から13年2月にかけて行われたインタビュー7本の原稿であり、この書籍においては基本的に各先生の語られた内容をそのままの形で起こしてあります。そこに幾人かの先生が若干の補足加筆校正を加えて下さり、幾人かの先生は編者の起こした原稿そのままで構わないというかたちで書籍化させていただきました。また、加えて2010年10月に釧路で行った、当時釧路市生活福祉事務所主幹であった櫛部武俊さんの生活保護行政における「釧路モデル」についてのインタビューも加えてあります。
 
 発刊に思い至る理由として、通信会報ではやむを得ず盛り込めなかった多様な論点があり、それが公表されないままに完結するのは余りに惜しいこと。それが平均約二時間の各先生のお話を起こした原稿を幾度となく読み返しながら、全体を通し(ごく小さな枠ですが)、世に問う価値があるという思いが募ったからです。
 インタビューアーとのやりとりで臨場感を与え、大事な話をやさしく伝えることができる。論文のように肩肘張らず、さりげなく深い話を伝えることが出来ているのではないか。ならば、理解を得られそうなひきこもりに関心のある人たち、家族の方々、当事者の方々にも本書を通して伝えていきたい。.これが編者の本書刊行の動機です。
 
 この本は3部8章から成り立っています。第一部は「ひきこもりを語る」第二部は「発達障害を語る」第三部は「社会的排除の観点から」という構成になっています。社会的引きこもり圏の議論。発達障害とひきこもりの関係について。そして現在の社会状況の中で排除型社会が生み出す問題としてのひきこもり。そのような多様な観点から成り立っているのが本書です。
 幾人かの先生がインタビューで語ってくれていますが、ひきこもりへ至る原因は実に様ざまです。その様ざまにアプローチする際において、各専門分野の先生方により幅広く、かつ質の高い話を聴くことが出来ているのが本書ではないかと思います。無論、私たちはインタビューアーとしては素人であり、あくまでも元ひきこもり経験者としてのスタンスですから、先生方が持っているポテンシャルを上手くすくい取ることが出来きれていない、鑑識のある人にとっては引き出しに物足らなさを感じる場合もあるかもしれません。そこは是非ご確認いただいて、客観的な評価をいただきたいところです。
 
 編者の問題意識を反映して、援助の方法よりもひきこもりの人と向き合う際の援助者側の持つ姿勢や理念を感受しつつ、主にその観点から話を伺っています。ですから、即効的な話を求める人には余り役に立たないかもしれません。むしろ「ひきこもりという現象が起こること」の”意味”を重視する姿勢が全体を通してあると言えましょう。
 
 インタビューは全面的にNPO法人レター・ポスト・フレンド相談ネットワーク副理事長の吉川修司氏に同席をいただいて、要所要所で適切、かつ要となる質問をしていただきました。友人でもある彼の同伴が編者である私にとってどれだけ心強いものであったか、筆舌に尽くしがたいものがあります。いわばこれはインタビューで語ってくれた先生を含め、吉川氏も含めたコラボレーションの成果です。そして、場を提供してくれた、レター・ポスト・フレンド相談ネットワークのおかげでもあります。

ひきこもった人たち葛藤が著しい時期はまず自分自身の混乱から抜け出す必要が確かにありましょう。そして混乱から抜け出したあと、どう社会との接点を持っていくか。この問題が次に巨大な壁として立ちはだかります。多くのひきこもり界隈の議論は就労などの「経済的自立」と絡め、ここが議論の最大のポイントになっていると言えるかと思います社会的な参画の仕方について。
しかし多くの場合、当事者がその議論の主体にはなってはいませんこの点も今後考えていかねばならないポイントでありましょう。支援のある環境においては、支援の枠を継続していく中で支援と非支援の関係性が新たな課題となって浮かび上がっている時代だと思います。また真逆に、現にいま、支援そのものが届かない環境にある地域もあるでしょう。
このように、率直に言えば難題がないとは言えなくて、当事者自身がいま、議論の主体になるのもまた、なかなかハードルが高いと言えましょう。最大限理想的かつ夢想的な可能性は、自分の言葉を持ち、表現を持ち、社会の中で敢然と声をあげる自分自身になってしまうことなのですが、それはおそらくあまり現実的ではないし、夢想的な話にも思えます自分自身省みて、まさにそうですから)。
つまり、今の自分が出来る代替案はこのインタビュー集のような方法でしかなかった、とも言えます。個人としての引き出しの限界ではありますが、成し遂げたいことでした。
 
 インタビューをさせていただいた方の何人か方々とは今でも緩やかに接点があります。それはこのような小活動をしたことの最大メリットでしたですが、いわゆるひきこもりのゴールとか出口は先に述べたようにそう簡単に見えてくることではありません。就労期を大きく過ぎた多くの当事者や親御さんたちが厳しい未来を予測せざるを得ないように、確かに年を重ねれば一層大変になっていくのも事実ではあります。しかし、インタビューを続けていく中でどうしても考えてしまうのはこの社会の経済状況も含めた閉塞性であり、それは自らの過去の後悔なりに拘泥する領域を超えた部分であって、逆に考えると「新たな生活の方法をひきこもり当事者が先頭を切って調べていく選択肢や、前向きな勉強への契機たる役割があるのではないかと思えてくるわけです
 
 全ての人々が、とは言いませんが、多くの人たちが人生で悪戦苦闘を強いられる現状ですそのような社会で苦闘する中で、少なからず人をいじめてはじき出す人もいれば、もろく崩れてはじかれていく人もいるわけです。メディアを通して語られる不穏な言葉や動きとはまた別に、日々、人と人との関係がもつれたり、そのもつれを再構築するために頑張る人がいたり、あるいはそういう微細な援助の眼前に立ちはだかる大きな壁の前でくじけそうになる誠実な人たちがいるのだろうと思われます。そのような人たちの「こころの汗」は目に見えないところで続いています。世の中に「見えていかない」可視化されない苦労とともに歩みつつ。。
 
 インタビューに参加してくれた方々は、こころの最深部から考える精神分析理論ベースから、社会と心理のつなぎ目で考える研究者の方。心理テストを元にカウンセリングを行う新しい実践研究者。発達障害の特別支援教育の先生から、自閉症スペクトラムの臨床と福祉の実践者の方。そして社会的排除の観点からの社会教育的見地の先生から、釧路の先駆的生活保護行政を行ってきた支援と非支援の循環型福祉を考えてきた実践者、と。多彩な顔ぶれの話が聞けたと多少の自負はあります。
 
 インタビューを続けながら、各先生のお話を伺って新たに思うことは、民主主義の成立条件は、もっとも小さな、もっとも目立たない人の苦労の声に耳を傾けられるかどうかにかかっているのだろうということでした。そして、最も良質な社会の形はそういうところにあるとも思うのです。「ひきこもりの問題」を考えることは、そのような社会構想ともリンクしているだろうと思われます。おそらくひきこもった経験を持つ私たちが日々自らを問いかけ、試されているように、社会も問われ、試されているのではないでしょうか

 前置きが大変長くなりましたが、本書は新書サイズで348ページ。定価500円で配布致します。200部作成し、現在、献本分を含め、約150部弱の予約があります。残部数を配布させていただきたいと思っていますので、関心のある方はご注目いただければ幸いです。
 具体的なご納金の方法は改めて取り急ぎお伝え致します。まずは関心のある方、情報の詳細を知りたい方、予約をご希望の方はメールにてご連絡ください。
 
以下、インタビューさせていただいた先生方の顔ぶれを紹介します。
第一部 『ひきこもりを語る』
・札幌学院大学大学院 臨床心理学科前教授 安岡 譽
・札幌学院大学 臨床心理学科准教授 村澤 和多里
・札幌学院大学 臨床心理学科准教授 橋本 忠行
・こころのリカバリーセンター所長 阿部幸弘
第二部 『発達障害を語る』
・札幌学院大学 人間科学科准教授 二通 諭
・発達相談室「なっつ」発達支援室「ぽらりす」 相談員 山本 彩
第三部 『社会的排除の観点から』
・北海道大学大学院 教育学研究院 教授 宮崎 隆志
・釧路市生活福祉事務所 前主幹 櫛部 武俊

ご連絡はこちらにて。 メールアドレス:tituart@gmail.com

2014年1月10日金曜日

年末年始に見た洋楽ドキュメント

 
 今年の大晦日と元旦、そしてここのところ、久しぶりにレンタル作品でミュージシャンのドキュメンタリービデオを見ていた。今の自分は映画は基本、ドキュメンタリー系が一番馴染みやすく、かつ洋楽音楽ファン(クラシック除く)。それゆえ、一本のライブ映像以外、3本の洋楽ミュージシャンのドキュメンタリー映画を見たが、実に、どれもが染みた。
 その三作はジョージ・ハリソン「リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド」、ジョン・レノン「ジョン・レノン・ニューヨーク」、ボブ。マーリー「ルーツ・オブ・レジェンド」、そして「シュガーマン 奇跡に愛された男」。
 いずれも最近DVDレンタル化された音楽ドキュメンタリーなのだけど、特に「シュガーマン」を筆頭にたまらなくよかった。
 
 ジョン・レノンのドキュメンタリー関連の作品は実に多いんだけど、今回はソロ二作目以後、妻、ヨーコの第二の故郷、アメリカニューヨークでの生活を描く部分に特化した作品。当時ニクソン政権下のジョン・レノンは政府のブラックリストに載っていて市民権をなかなか持てなかったことは有名だけど、いままでこの辺のアメリカ政治との確執は詳しくなかった。二作目のソロ、「イマジン」発表後に渡米するレノンだけど、今回これらの映像を見て驚いたのはアメリカ上陸直後からかなり強烈な政治運動家としてのレノンの姿が映し出されていること。アメリカのベトナム戦争などの反対運動を行なっている若者や、反体制運動の若者たちもレノンに対して上陸する前後から期待をしていた様子だし、レノン自身もこの時期が最も政治運動家、反戦運動家として自己表明をしたい要求に駆られていたと思われる。上陸して、すぐアジテーションを始めるレノンはかなり激しい。その激しさには彼自身の説得力のある声や姿勢(スタンスとルックス)がある。一言で言えば、カリスマ性がある。それゆえ、ニクソンに睨まれ、ブラックリストに載り、常に強制送還、あるいは露骨な嫌がらせで自らアメリカから離れるようにさせることを望んでいた政権の動きがあった。それでも踏んばるレノン夫妻。
 
 しかし、ニクソン再選の知らせの直後、完全に落ち込んだレノンはオノ・ヨーコが目に見える場で別の女性と寝てしまう。僕は今までヨーコと別居して青年期に戻った堕落?期の”ロスト・ウィークエンド”期は彼らのあいだに紆余曲折があっての末、と思っていたんだけど、意外とダイレクトでストレートなレノンの背信行為?によるものと知って、レノンの直情径行ぶりに、変に拍子抜けしてしまった。それだけ自分自身と外部の圧力で緊張が高まり、シリアスになりすぎてしまった反動が出たのかもしれない。レノン場合、それが普通よりも余りに振幅が激しいし、エネルギーがパワフルなので、追いつけないところもある。まあ、その後またジョンはニューヨークに戻ってヨーコと再会、ヨリを戻して子どもが出来て、ハウスハズバンド。一時引退状態、となるわけで。。。それが、80年。まさにStrating Over。「ダブル・ファンタジー」で復帰した途端、射殺されてしまう。。。
 
 こう考えるとアメリカでのジョン・レノンの経過は、激しい政治アジテーター⇒放埒なナイトライフ(西海岸へ)⇒穏やかな子育て期⇒音楽業界第一線に復帰。その途端に殺される。。。という何とも振幅の激しいアメリカでの生活。でも、この生活もすべてニューヨークに上陸した30代前半に起きたわけで、短い一生、20代で英国ポップの王様、そしてニューヨークを軸に全く違うような第二の人生という感じで、実に密度が高い生涯だったと言えるし、ビートルズでの青春は他のメンバーと共に歩み、アメリカでの生活では一層、妻であるヨーコに依存してたカリスマだったんだなあと思う。
 そんな感想を持ちました。

 持ちました、とさ・・・、という感じで、実は「シュガーマン・奇跡に愛された男」について書くのが主目的だったハズなのに、ジョン・レノンだけでここまで書いてしまった。。。
 昨年の「秘密と謎」も放り出したまま、別のテーマに取り掛かったら、これも一回で終わるはずが予定外。
 こちらの音楽ドキュメント映画の感想は続けられると思うので、中途放棄せず(なるべくね)、今後も書きます。書きたい気持ちはありますので、すみません。

 なお、今寝かせてしまっているほかの二つのブログがあります。そのうちの洋楽中心ブログにこの記事は同様に載せます。常に同時に書くかはわかりません。「シュガーマン」は味わい深い他の作品と比較しても、格別に感動した映画なので、このブログには感想を書きます。それ以外の二作はこちらのブログを選択して書くかもしれません。
 

2013年12月31日火曜日

2013年から次の年へ

 
 今年一年を振り返ってどうだったろうか。まずは気象的に言えば、極めて厳しい冬だったという印象が強烈に残る。ほぼ毎日降り注ぐ雪。そして毎日続く氷点下、真冬日の日々。それは昨年の12月からずっと続いていた現象だったと思う。高々と積もった雪の壁。2メートルは優に超えていたと思う。降り注ぐ雪で夜中でさえ除雪が追いつかない道。
 今年の終わりの日を考えると、昨年、今年の冬の厳しさの格別さを思い返す。
 
 自分にとってはどうだったか。まずまずのところもあれば、年重ねることで、当然のことながら両親の老い姿のスピードが釣り合わないという見方は自然出てくる。そこに自分なりの考えを別に持ち出すことである種の不自然な自分なりの生活文化を作ろうとするわけだけど、無理を承知のなんとやら、という感じもする。しかし、じたばたしても致し方ない面もあり、それは老いの当事者たる両親もそんな感じで。ただ、どう考えたらいいか。両親も老いが相当進んで、未来への感覚も敏感さがどんどん薄れている、とも言えるわけで。。。
 
 近未来への不安というものは、過敏になるのはどうにも好きになれないが、共に住んで、一緒に鈍感になっている、あるいはシリアスにリアルに見ていない、という面は無視はできないだろう。つまり、コインの両面があるということだ。
 
 僕に関して言えば、自分のものの考え方と社会のズレは昔ほど自分に引き当てて自分に問題があると考えて何かと不安になることは減ったと思う。その分、日常の中の鈍感さが自分の課題だと改めて思っている。
 見たり、読んだり、聴いたり、対話したり、学んだり、書いたり出来る贅沢を随分味わった年だと思いつつも、逆に日常のリアルに対する感覚が鈍麻していることが大いに反省点。というのは、昨日、30日までの仕事でも毎日のルーティンでいつもと違う人が少ないところで、セキュリティキーの扱いを間違えたりして。。。冷や汗をかくようなことも。足りないのは、身近な物理的な物事への対処への粗雑な態度。そう、実に粗雑な態度が治らないどころか、ますます酷くなっている気がする。セキュリティに関して言えば、社会とか政治とか大きな観点では自分自身、自分の予測や観測は結構当たる、アテになるという自信があるのに、「日常的なこと」に対する想像力の欠落、しなかったことの結果に対する想像力の欠落に気づかされる。例えば、ジャケットに突っ込んだ車のキーや車庫のキーを入れたまま通勤に出てしまうとか。出てしまってから気づくような、そんな問題がある。「いま現在、最も重要なこと」に対する鈍感さが直せないでいることは気がかり。このまま言ったら早発性の認知症になってしまうのではないか、と心配になってしまう。
 
 政治に関しては酷い。酷すぎて今や言葉を失うぐらい呆然としてしまう。安倍政権が誕生してまだ約1年くらい。そのあいだにやったことといえば、特定秘密保護法、周辺事態法、就任1年目の靖国参拝で世界中から非難される始末。たった、ほんの1年くらいのあいだに空気がいっぺんに重苦しくなった気がする。いや、間違いなく重苦しくなったし、未だ支持率が50%割らない辺りに僕が知っている日本社会の空気が明らかに変化したことに動揺している。
 来年は国際社会の風当たりが一層厳しくなるし、それは政治経済の活動に悪い影響を間違いなく与えるし、その跳ね返りは社会の日々に影響を当然与え、生活に響くと思う。首相自身の立場がどうなるかということも含め、一層注意が必要だと思う。何より国際世論がこれだけ厳しい中で支持率が下がらないのはなかなかこの首相も変えにくいわけで、世界は日本自体を厄介な国情を持った国としてますますその認識を深めると思う。
 かならずこういう気持ちを吐露すると、お前は国を愛する気持ちはないのか、と来るけど、先の大戦の結果が示すとおり、過剰なナルシズムは大きく国を誤たす。それを知らない方が反愛国なわけで、何でこんなに先進国になって教育水準が高いはずの国がこういう単純なことがわからないのかな、と素朴に不思議に思う。もちろん、僕が普通よりかはこの種の話題に敏感なのは認めるけど。
 
 10月に釧路に行ったのは今年の大きな自分の中にあるものかな。生活保護法改正とセットで提出された「生活困窮者自立支援法」の枠組みでの話し。釧路は経済的貧困のみならず、「関係性の貧困」に着目して、人の孤立を法を生かしてその現代の最も深刻な困難の一つに着手しようとしていると思う。孤立ベースの関係性の貧困は、一人で生きていけない人間をそのままだと「すがる何か」として愛国主義にも一挙に飛躍させてしまうし、自己愛を国家愛にしか繋げられない不幸にも結びつける。単純に言えば友達や、愛する人がひとりでもいれば、人間は冷静で落ち着いた思考に立ち返らせることができると思うのだ。もちろん、そんな単純ではなくて、割合的な問題ではあると思うけど。
 
 やはり、人が平和で優しくなれるのは適切な愛情の交換と、適度な役割、仕事、そして建設的な目標なんだと思う。あんまりにも当たり前すぎることだけど。そういう言葉を鼻じらむ感じがいま怖い状況を生みやすいのだと思う。僕だって、その種の虚無主義、ニヒリズムにいつだって陥らないとも限らない。
 言葉自体は「困窮者自立支援法」は、困窮に陥る前の予防的な法律なので、どうも好きになれず、「生活者支援法」でいいんじゃないかと思うけど、ともかく、一段前に書いたように、僕らが平和で優しくなれるためにはいろんな方途があっていいと思う。政策も。この法案は自治体ベースなので、自治体の努力の有無次第、という極めて地方自治的なものになりそうなので、努力する地域としない地域の方針がぐっと開きそうだし、問題意識を持って取り組めば福祉を含めた大きな人間関係作りの考察の深まる機会になるのでは、と思う。「ひとりひとり」のありようベースになって欲しい。ーー評論家みたいな書きようで申し訳ないのですけど。
 
 ただ、どうしても不安なのはいま現在、現状では市民とか国民からのボトムアップベースではなく、たった1年で国が国民を動かすノリになっていること。そしてそれに対する抵抗力も弱っているように思えること。だから、正直、今はすごく不安です。何もかにもが水の泡とならないよう、祈るのみ。。。ジョージ・オーエルの「動物農場」みたいな世界は本当にご勘弁なので。

2013年12月14日土曜日

「秘密」と「謎」(2)

 
 このタイトルで考える話は実は自分の中では一筋縄では行かない。先日も書いたように自分が自分の中に持つ秘密や謎。それは意識と「意識下にあるもの」との問題でもあって、フロイトとか、より歴史的に古くてかつ普遍的な仏教で言う煩悩の問題とつながる。

 その話題に入る前に別角度で寄り道。
 
 現実的に言えば、近現代人として、社会集団のそのときどきの成立の過程について疑問をもつことや、社会について調査や研究をしたいと思う人たちが一定数いる。近現代においては社会の成立、秩序の成り立ちの形は別に人間を超えた超越者である「神」によって生かされているわけではない前提を持っているから、政治的・経済的・社会的な力関係やリーダーたちの関与があることを知りたいと思う人が生まれてくるし、リーダーたちの意図を知る権利もある。言い様を変えれば、それは「知りたい」という、人の良くも悪くも欲望によるものだし、知的な欲求というものだ。

 それはもちろん、別に第二次世界大戦後に生まれた発想じゃなくて、明治政府という近代の国民国家が成立したときからある、一定の人たちの要求だ。むしろ当時の権力エリートの方が、国民国家の方法論を輸入した過程にいたわけで、彼らは実は結構ニヒリズムがあったんじゃないか、という気がする。国民国家、この壮大なる虚構、という感じで。そのニヒリズムが向かう方向が「国家」にベクトルが向いている人は民主主義とは国家が人びとに与える「恩恵」だ、と考えただろう。また、「新たなリアリズム」としての国家像を「国民」への関心に向けた人は、民主主義は国家から人々が解放され、主体的にこちら側から社会を作ろうという「回復的」な権利だと考えたろう。つまり、いまにつながる考えはすでに明治期からあったし、後者の代表の一人としてはジャン・ジャック・ルソーの思想を訳した中江兆民という人がいる。でも、おそらく中江兆民だとて、楽天的な民主主義者だったわけではない。いろいろと諧謔的な思いは「三酔人狂論問答」という彼の本に書かれてる。諧謔か、あるいは高度なバランス感覚だともいえるかもしれない。そして彼の書生をやっていたのが、後に大逆事件に呑み込まれる幸徳秋水だ。大逆事件は、いま話題になっている「共謀罪」を考える際に、もっともネガティブな方向で想像に浮かぶ明治の事件だった。

 人が社会の中で疑問に思うことに迫ろうとすること。つまり生きていく上でどうしても気になってしまうこと、学んでいく過程で考えてしまう方向性。そこにいわゆる「秘密」なり社会の中の「謎」もある。
 多くの人にとって、余計なことは知る必要はない、自分にとってメリットにもならないようなことは知る必要がない、そういうスタンスは別にあっても構わないものだ。でも、逆に知りたがることも別に病気ではないし、危険なことでもないはずのものだ。

 多くの人が自分の関心に従って、自然に関心を持ち、自然科学に没頭したり、コンピューターアプリに関心を持って、その内部構造の解明と新しいアプリ制作に没頭したりすることと、社会的な関心は別の立ち位置にあるわけではない。探究心という意味では同じことにすぎない。
 しかし、結論から言えば、日本が大日本帝国だった頃、昭和の日中戦争~太平洋戦争に至る過程のなかで「社会」ということばは危険視されたのだった。「昆虫の社会」という本を購入したと言って警官に捕縛されたり、軍港のある小高い丘で写生をすれば、「軍事機密」に触れる行為、として警官におとがめされるとか、そういう冗談のようなことが起きたわけだし、いま日本政府が考えていることはそういうことがタチの悪い冗談で済ませないということも考えているのではないか、と疑問に思わざるを得ないことが多い。

 そのようなクダラナイことにも、説得性を与えるものは二つある。ひとつは未来への欲望の餌を意識に植え付けておいてから、それが手に入らないのではないか、という人びとの状況不安に付け入ることである。もう一つは、自分の国の周りにはいよいよ明確な敵がいるんだ、という悪意ある幻想を植え付けることである。どちらも不安意識に根ざす人々の悪い想像力に訴えかければ、過去の風景はいまの風景は違うよ、とはいえなくなるだろう。
 見える風景はいわば化粧のようなもので、裸の心性は今も戦前も同じです、ということだって十分考えられる。

 自分ではない誰か、自分では手に負えないと思われるような大きな状況の何ものか、植えつけられた時代のその観念。それを何度も何度も繰り返す教育やメディア。手段は変わっても、同じことがらへ。欲望とそれに基づく明日への不安に訴えれば、案外客観的に振り返れば笑ってしまうような、そんな冗談のような環境も揃えることができるのではないか、ということなのだ。

PS.
 ところで、テレビでは何でこれだけ?と思うくらい警察主体の犯罪暴きのドラマがあることだろう。人はどれだけ秘密を暴露したいと内心思っていることか。2時間ドラマのサスペンス云々を見てればきっとそれがわかるだろう。別に政治的な思惑を詮索することと、2時間ドラマで犯人探しをしたがることと。その欲望はこちらが高尚で、こちらが程度が低いなんてわけじゃない。同じ心根からある、と見れば普通の人も理解してもらえることのはずなのだ。ただ、そこからつながっていく回路がどこか、ということの違いの問題に過ぎない。まあ、実はその問題が大きいのだともいえるのだろうけれども。。。

2013年12月13日金曜日

「秘密」と「謎」(1)

 
 秘密保護法案が通過した。防衛、安保、テロなど国家機密に対して公務員はそれらの「特定秘密」を保護しないと懲役罰が加えられるとか。あるいは秘密を話すように「強要」した民間人も懲役刑になるとか。
 
 「秘密」を保護する、と国家が明言することは国家が秘密を持っていることを明言することだし、国家、つまり”主権・領土・国民”で成り立つ国民国家がその国家の安寧秩序のために秘密を持つのだ、秘密をバラしたものは許さないぞ、という姿勢を国民に示したという点で、この国の政権というものが父親的なこわもてを前面に打ち出したことで画期的だった。日本は「自由」で「民主主義」の国としての建前を持っているけれども、その建前が崩れ落ちた瞬間で、折しも隣の北朝鮮が政治的な要人を体制内権力闘争で事実上死刑にするような独裁制的態度に出たり、中国のような国の国家中心主義的な情勢など、日本も含めて東アジア全体が「自由と民主主義」という建前の限界領域にいま、あるんだろうという気がする。特に、戦後の日本でこういう姿勢が前面に出たのは初めてではないだろうか。これはこの法案に限らずの話であって。・・・ここまでのざっくりとした感想に、いろいろ細かな説明不足を指摘する向きがあるだろうし、その通りのこともあるだろうと思うけれど、それは今回のブログ内容の中心ではないので、そこは捨て置いて欲しい。
 
 僕は「自分自身」という問題の軸として、この「秘密」ということと、「謎」ということに着目したいと思うのだ。
 というのは、「秘密」というのは、「謎」ということととワンセットの気がするからだ。親子関係や大人と子どもの関係に置き換えると、子どもはこの社会の中に「謎」を感じる側であり、神なき世界に生きる、つまり大人が行為し、ルールを創造するこの社会は表の裏に「秘密」があるから、その表の側(建前的な言葉や建前的な行為)に対して「あれ?」と思う子どもの側は、(比喩的な意味も含めて)大人たちで構成されている「社会」や「世間」に「謎」を感じる。つまり、謎を感じるというのは、そこに「秘密」があるからだ。
 
 この話題における結論の一端を述べると、”愛情ある”「秘密」は「謎」と思っていたその子どもの疑いに、「秘密の意味」が了解されたとき、何ともいえない情緒的なドラマが生まれるように思う。その時、つまり「謎」に首をひねっていた子どもはその謎の正体が愛情と結びついているとわかったとき、あるいは自分と同様の人間的な問題とつながっていると了解したとき、深い感慨に結びつくのだろう。その時自分と「秘密」は、自分自身と対等であったということ、あるいは自分を守ってくれるための、愛情を持って隠されていた謎であって、秘密であったという了解であるから、それは何とも言えない感謝の気持ちにつながる。
 何より、一番大きいのは、「謎」だと思っていた「秘密」の意味を了解したとき。そのとき、子どもはもはや精神的に子どもではなくなっている。その滲むような感慨が、人びとにドラマの質、というものも了解させてくれる。

 奥行きの深い「謎」も「秘密」も、最初に「秘密を保護する」法律なるものを前面に押し出してしまったら、もうその社会には、奥行も、豊かさも、膨らみもない。平板で、貧相で、先が細っている社会であり国家だろうと思う。

 自分自身、今も「自分自身の謎、秘密」を追っている。追いかけている。僕が言いたいのは「自分」という存在というのも、なかなか厄介な、言わばもうひとりの自分が自分に対して謎やトラップを仕掛け、かつ秘密を持っている、そういものである、ということ。僕は自分自身に対して、そういう前提に立っているし、それは深層心理学的な問題として、まだ自分で自分自身を探っているということでもある。それを政府、社会、国家がやっていることと、ある程度トレースして、あるいはイコールの問題として、考えたいということなのだ。その具体的な説明は、すでにこの文章が長文になっているので、近々に改めて書きたい。

 もちろん、自分自身に対する謎や秘密と国家が具体的・現実的に脅すような形。すなわち懲役10年の刑を公務員に、あるいは公務員に秘密の暴露を迫るものに与える、という国家のこわもての話とどうつながるのか。不可解、と思う人が多いだろうことはよくわかる。ある程度「自分の秘密」と「国家の秘密」をつなげる比喩は強引なところがあるのも事実だということはわかっている。
 ただ、この「秘密保護」の法律が通った時の何とも言えない憂鬱の意味は、一つは国民より国家が上位に立ったという危険の認識が最大限大きいのだけれども、もう一点には人も国家も自分の秘密に蓋をしたがるのは、そうしたい理由があるからであって、その理由とは、自らの内にある邪な心が正視出来ないからなんだなという、そういう理解ゆえなのだ。

 秘密が「愛情」に基づけば、人を感涙させるカタルシスになるが、逆に自己防衛に基づく秘密は、自分の中にある恐怖心に基づく攻撃性に基づくのだと思わざるを得ないこと。僕が憂鬱になるのは自らの秘密や謎を解く作業はあまりにシンドイんで、途中で放棄しようとする傾きにいつだって舞い戻ってしまう不安と、国家のそれは同様なものがあると感じるゆえである。バックラッシュ(反動)は国だけに起きるわけじゃない。気を付けないと、ひとりの人間のこころの内にも起きる。もちろん、そのようなひとびとの集合体が国家だから、個々の人たちの意識の後退が国の反動を生むという結論も客観的には出せないわけではない。
 
 風呂敷を広げすぎてなかなか大変なことになってしまったけれども、続きもなんとか書きあげたいので、頑張りたいと思います。

2013年10月27日日曜日

釧路でミーティングしてきたレポ

・今からひと月ほど前、釧路で元生活保護行政のリーダーをやっていた櫛部武敏さんから電話をもらいました。釧路で「外へと開く生活保護行政」「してあげる/してもらう」関係からの脱却を目指し、支援者・当事者相互の関係が循環する「循環型福祉」を標榜し、それを実践して、国内的にも『釧路モデル』として福祉界では有名になった釧路の生活保護行政の現場のリーダーです。
 3年前に関係させていただいているNPOの情報誌作りのインタビューでお話を伺って以来の僕は櫛部ファン。
 新しい方法論を現実化させた実績に惚れ込んだというのもありましたが、それ以上に感銘を受けたのは実際にお会いした際のその飾らないオープンな人となりと、実は行政マンとしての自分には行政マン的な殻があったのだ、との自己反省の弁を真摯に話してくれた、その誠実な人柄。その率直な姿に惚れ込んだのでした。
 状況的にひきこもりに関するインタビューに対して行政は特にガードが硬いことは知っていましたし、まして生活保護の福祉事務所といえばなお一層ガードが硬いだろう、と考えるのが普通。それだけに僕らの普通の発想から言えば、すべてが型破りな方で。そのくせ語る内容はいちいち筋道が通っているものだから何も知らない底辺側にいる自分のような人間には、舞い上がって惚れ込んでしまうのも、いま思い返しても無理のないことだったと思います。

・その櫛部さんからかなりカジュアルな様子で「今度『生活困窮者自立制度』っていうのが出来るからさぁ。そこにひきこもりとか無業孤立者の問題も含めて考えていきたいと思っているんですよ。だからあなたにひきこもりについて思っているところ、何でもいいから話してくれない?」との話が舞い込んできたときには、もう前のめりにぜひ喜んで、という感じで。

・実はその後に何度かメールや電話でやり取りするうち、制度枠が明後年、新しい法律になることとも絡んでいると分かってからは、一時結構考え込んでしまい、いろいろ調べたりもしたのだけど。結論としては自分の経験ベースにプラスアルファ、社会的なひきこもりの人の心理の中心を占めるものがある、という仮説を上手く伝える本にも出会えたので、理屈はそこから持ってくることにしました。(悩めば、ギリギリで意外と役に立つものは見つけられる!という発見でした)。まぁ、制度運用の肝は櫛部さんたちが実質、考えることなので。。。

・この間の、10月の釧路に行く週までは結構自分としては今までになく、というべきか、今まで以上にというべきか。ディープなひと月だったな、と思います。人に会い、本を調べ、過去のインタビューに当たり、専門家の人の話を聞き、友人たちにアドバイスを受け・・・。自分にとっても大事な蓄積の時間だったと思います。

・当日、バイト終わってまっすぐ丘珠空港に向かったら霧のため釧路空港に降りれないようだったら丘珠に引き返す、というアナウンスがあり、目の前が一瞬真っ暗に。祈るような思いで飛行機に乗ったのだけれど、案外簡単に釧路着。飛行機も揺れなかったし。でもそっから空港発バスが全然出発する気配なし。なんで?という感じ。40分くらいたってから出発したので会場まで三十分くらいしか時間の余りがなかったりするのか?食事する時間はあるのか?と不安に思ったらこちらもなんて事なく、ほぼ当初の予定通りにJR釧路駅に着。風がだんだん強くなっています。

・先に釧路入りして一緒に話をするハイロウさんと食事後、すぐ社会的起業家の一角に加わった櫛部さんの所属している事務所に入ったらもういきなりフレンドリー。「やあやあどうも」、という感じで暖かく歓待されてコーヒーを戴いている間にも既に櫛部節が炸裂。あっという間に緊張する間もなく会場入り。

・会合自体は自分に関してはまあまあ、かなぁ。喋りすぎて途中でフェイドアウトするあたり、人前で喋り慣れない問題点炸裂。かたやハイロウさんは論理的かつ自ら体験したことの具体例を交えて完璧なトーク。フォーマルな方々相手に納得の表情を手に入れてました。流石だなぁ。妬けるぜ(笑)。    
 後半の櫛部さんが勤務している社会的企業創造協議会の職員さんの仕切りもお見事。本当は二つのグループに分けてミーティングする予定が、しゃべりすぎてしまったために時間がなくなり、全体ミーティングとなったんだけど、キーワードを用いた話し合いは後ろのホワイトボードがいつの間にか活字で満杯に。本当にいつの間に?この人たちの頭の回転の速さは、なに?みたいなことを鈍重な自分は写真を撮ってから初めて気づいた次第です。ああ、社会的スキルがないぞう。


 喋りとか、質問に対して頭が真っ白になることはなかったけれど、ラストの方でつい熱がこもりすぎて暴走発言をした気がする。関係者の皆さん、申し訳ないです。どこかでアナーキーな癖があるもので。。。この質疑タイムでのハイロウさんの受け答えも完璧で見事だったなあ。改めて自分の少年臭さに思い至ります。社会性がぁぁあ。

・終わってから、新田さんという方が来られて「相談事例があるんですけど」、との話。すっごい洗練された美人の方。ん?新田さんとは。あのぉ、もしかしたら釧路福祉事務所で発行した『希望を持って生きる』の第二章を書かれていたあの新田さん?本を通して「この人、すごい!」と思ったあの、あの、自立生活支援員の新田さんですか?
 「そうです」というお答え。思わず「ええ!」と大感動。今は櫛部さんのもとで生活相談員をされておられます。「いや~。こんな、美しい方だったんですね!」と思わず、自分。ミーハー精神、全開です。ご相談戴いた悩ましい部分に関しては、結局僕はど素人なので、釧路に来る前に相談に伺った市の障害者支援相談員の方を紹介するに留まってしまいました。役に立たない自分です。
 後は別れ際にツーショットをお願い。いや~、嬉しい。憧れだった人とのツーショットだぁ。


 
 
 
 
 

 

・櫛部さんと会合終了後、いまは生活保護受給者の方々の生業作りのために釧路の基幹産業である漁業で後継者不足に悩む魚網作りを手がける仕事をされているのですが、その工場を一緒に見学させてもらいました。まずは地域に根ざした産業を守り、仕事とし、雇用を作り、と。しかし魚網作りは熟練工の仕事なので、一人の熟練工の仕事を何人もが時間をかけて行うため、今のところ月収にはそれほど結びついてはいない。それでも毎日午前午後と仕事をやっているし、受給者の方々の生きがいにもなっている。少しでも自分のお金で受給費を返還したり、生活の足しにする。そういう人の生きかたやありよう、そして地域とお金と仕事の意味について熱く語ってくださいました。非常に納得させられたり、考えさせられたりする話。その工場で立ったまま1時間くらい僕らとやりとりしてくださった。この話しもインタビューで収録して置きたかったなぁとの欲目が又。。。
 
 まあ、冗談はさておき、櫛部さんはこの釧路という土地、地域に根を降ろす福祉に本気だ、と改めて確認できた次第。
 おそらく、櫛部さんはそういう人だろう、と思っていた通りでした。地域の中で苦楽をともにする人だろうから、と。あああ、その立ち位置は凄すぎる。
以下、魚網工場の写真です↓



 

・夕飯までご馳走になったその日。なんという充実した日だろう。いろんなものをもらったし、同時に自分への宿題も沢山もらった気がする。「お前はどうだ?」どうだろう、どうするだろう、どうなるだろう?変わるかもしれない、変わらないかもしれない。変えられないかもしれない?
 でも、いろんなものも今も過去も見せてもらってきたはず。良い言葉も山ほど聞いてきたはず。その事実を改めて思い知る感じがある。別に肩に力を入れる必要はないけれども。

・と、答えがあいかわらずの曖昧なままの、とりあえず第1回釧路ミーティングレポートでした。