2011年1月28日金曜日

訓練修了

 本日無事に基金訓練の修了式を終えました。
 まぁ、あと2回ほど土曜日の午前中に簿記の補習に行きますが。とりあえず、皆さんと一端は和やかにお別れ。

 今後は個人としてはおおむね3パターンくらいの方向性を胸の内で考えていますが、NPOでのボランティア活動は続けたいですね。とりあえず、2月は急いで次の仕事を、と焦ることはないと思います。

 しかし学校の先生も「現在は新卒学生の方々に世間の注目が集まってますしね。しかし、同時に(彼らは)すぐ辞めてしまうということがあります。ゴールデンウィーク前後はなかなか厳しいでしょうが、6月になったら欠員補充が出てくるかもしれません。そこら辺が狙いどころかもしれません」と。

 おいおい、ということは6月まで求人がないということですかい?って思わず心中でツッコミを入れたくなりましたが(苦笑)。実際問題、そこは現実としてそうなんだと思っていて。学んだ後の問題というのはあるんですわね。ま、その点は学びに来ていた皆が共有していることだと思いますが。

 閑話旧題。
 昨日のパワポ。通路はさんだ隣のなんでも出来ちゃう優等生スーパーウーマンさんに「みなさんの前でのお喋りも上手ですねぇ」とお世辞抜きに話したところ「いや北海路さん(私・仮名)のナレーション、上手ですよ。」と意外なことを仰って。「そうですかぁ?いや、自分は滑舌が悪いことが本当にコンプレックスなんですけど・・・」と会話してたら、他の人も「いや、上手いよ」とか声をかけてくれて。自分の主観と違ってけっこうそういうところはあるのか?と思いました。グループワークでの発表でも音楽趣味が合う一回り下の男性にも「上手いですね」と言われているので、その場しのぎは意外とやれちゃうところがあるのかなぁ?

 というか、自分の対人緊張は思春期~青年期は「顔が醜いから」で、成人期は「社会体験が少ないから会話に入っていけない」で、後者は今でも根強いのですが、もうひとつは自分でICリコーダーで聴く声を聞いて、「あ~。声が悪い。発音がはっきりしない。だからきっと上手くコミュニケーションとれないんだな」と思っていたのですが。
 どうやらそこも現実が緩やかに喝破してくれたようです。
 つまり、きっと心中の不安が「おどおどした喋りになるから滑舌が悪い」と思い込みを生んだんだけど、それは僕にとっては正しく、客観的には違うのかもしれません。

 主題から逸れた後段の話ですが、今後もひとつひとつ人から学びつつ、人より遅い亀の歩みですが、歩みは進めていきたいと思っております。

 そう、ここからまた始まるのです。
 (トホホ・・・。(^^ゞ。)

2011年1月27日木曜日

感心したり、腹を抱えたり(笑)

 本日午後は訓練授業最後となるパワーポイントによるグループ発表。会場は系列専門校。立派ででかいスクリーン、音響設備もバッチリなところ。
 自分たちは他のグループが6人のところ諸般事情があって4人でグループ発表になったことに加え、先週は自分自身の検定を中心に置いていたこともあり、センスのいい初老の人生の先輩の人にかなりお任せ状態になってしまい申し訳なかったのですが、取り上げたものがプレゼンテーションというよりも、映像と音楽にナレーションをかぶせるような形。映像の綺麗さでなんとかボロが出させないですんだか、という感じに。いや、実際、出来は悪くなかったのではないかな。

 それ以上に他のグループのアイデア、凝り具合、最高でした!やっぱパワポの自由発表は「アイデア」と「センス」だな~。そして「3人寄れば文殊の知恵」じゃなけど、4人で、正直他のグループほどコミュニケーションが密ではなかったのですが、それなりの形で終われたのは、スライド作成と編集に熱心な人、それほどでなくてもアイデアが頭の中で明確だった人、などがいたおかげです。

 これが6人で上手く回せば、素人ともいえないほどのかなりなもの(かなり、を強調したい)が出来るということですよ。パワーポイントに対する可能性を感じましたね。

 幸い自分たちは一番最初という理想の展開だったのですが(印象が薄れてくれるという意味でw)、次のグループの発表は抱腹絶倒。もう、笑った、笑った。
 腹がよじれる、涙は出てくる。笑いが止まらない。ここ何年、いやもしかしたらこれほど自分自身腹がよじれて死にそうだ~、涙が出る~。助けて~w。と思うほど笑い転げたことはこの10年以上なかったのではないでしょうか。それぐらい個人的にはケッサクでした。

 何がおかしいのかわからないところが可笑しい。意図しない自分の笑いのツボというのがあるんだと思うんだけど、他の人たちも爆笑してたのでおそらく同じ笑いのツボがあったのでしょう。

 分析してもしょうがないんですけど(爆笑)。
 やっている人たちが「受けてやろう」と思っているわけでもないところがまず面白いですね。
 そして、記号的な意味を超えたシュールなものが強調されて、それが「繰り返し登場する」というのがまた、たまらなくおかしい(笑)。
 いかん、思い出したらまた笑いがこみあげてきました(笑)。

 何しろ、○○○の最後の授業。大いにカタルシスを与えてくれてみなさんありがとうというところですw。

 いや~。このソフト、「プレゼン」とか真面目に考えないで、こちらのNPO団体でも何か使えないものですかねぇ。というか、大真面目に作品作って、それをスライドに映してみんなで腹を抱えて笑いたいものですな。

 意味なんて、いらん(笑)。

2011年1月24日月曜日

検定も終わり

いよいよ基金訓練も最終週になりました。
あとは簿記の検定模擬問題と、グループでのパワポ・プレゼンテーションのみ。

エクセルの検定ですが、やはりきわめて難しかったです。
特に機能操作を問う知識問題。
でも、一緒に受験した訓練生仲間が「何あれ?難しすぎない?」とぼやいていた具体的な論点そのものが僕にはさっぱり分からないレベルなので、落ちるのはおそらく僕のみでしょう。運悪く、その日は学校行く途中に久しぶりに転びましたし(苦笑)。

冗談はともかく、やはり試験まで間に合わせることが出来なかった、というのが実感です。僕の感覚では良くて知識60点~実技70点くらいでしょうか。悪くて知識50点前後~実技70点前後くらいかな。それくらいは自分でも予測がつくので、他のメンバーは合格でしょう。仮に自分がラッキーにも合格できたとして、やはり付け焼刃の感はぬぐえないでしょうね。エクセルもキチンとやれば、力になる筈です。
 なんとなくエクセルって嫌いでした。特に条件関数で人の選抜をするようなイメージがあって嫌だったのですが、それはある面では正しくても、全面的なことではない事と気付かされたのは、他の勉強との兼ね合いの中で得られた気がします。まぁどこか気分として、苦手意識が抜けないのも事実ではありますが。

基本的に2級レベルは独学でやらねばなりませんでした。前も書いたかもしれませんが、学校では3級レベルまでしか教えませんでしたので。3か月の「横断コース」を修了していまの学校に移った人が大半なので、その授業内容に不満がゴウゴウだったのは、実はその前に6カ月の「基礎演習科」の人たちと合同の講義になったため。

基礎演習科の人たちがパソコンを触るのが初めての人が多いということもあり、基金訓練の量的な増大がきちんとした訓練生のモチベーションと釣り合いがとれる訓練設備上の整備が間に合っていないのかもしれない、という疑問は何となく感じることです。それは真っ直ぐ自分にも跳ね返るところ。多分に自分もこの訓練政策にすがっていなかったか?というところもあるので。

それにしても、自分がみるところ、事務総務的な能力の際立っている人が4~5名はいますね。それぞれに事情があるのでしょうが、高い実務能力が生かされず基金訓練を受けている現状、同時に高学歴の新卒学生さんも「社会に仕事そのものがない」という一般的現象のために競合的になり、であればやはり、年齢が高い層が不利になってしまう。率直に言って何とも切ない現状です。社会的損失そのもの。

もちろん訓練生として特に際立ったものがない自分も他人ごとではありません。
というか、その種の比較を持ち出す自分のさまも恥ずかしいですが。なかなか難しい現況だと、つい恥ずかしいことを書いてしまうものです。
申し訳ないことです。

2011年1月19日水曜日

基金訓練も佳境ですたい。

 今月いっぱいの基金訓練も残すところ、あと7日間。いよいよ総まとめの段階で簿記は3級の模擬試験練習。パソコンは自分はサーティファイという所が主催のエクセル2級検定が土曜日にありまして、それで今は頭がいっぱい。というか、頭が真面目に痛くなっています。頭のマッスル、使ってなかった。急に動かし始めたもんで、金属疲労ですw。今週は放課後残ってまして、今日あたりは休み時間、無い頭の使い過ぎで足元がマジ、ふらつきました(苦笑)。

 あとは来週のメインイベントはパワーポイントによるグループプレゼンですが、そちらはおおむねのスライド作ったところで、あとは検定を受けない人にお願いして続きをお任せして、自分は今週辺りからは検定一色です。
 なにしろ正直初めて聞くようなサーテファイというところ(失礼!)の検定は思った以上に難しく、とくにエクセル操作の機能について机上で問う(実際の試験ではパソコン上で)問題が難解を極めます。セルの右クリックでの「ユーザー設定」による変更の結果どうなるのかを問うたり、エクセルのオプションの詳細設定の操作の変化について問うたり。ほんの少し前、正月明けまで問題にまともに目を向けてなかったツケが今を招いています。恐ろしや。。。
 でも、授業も3級レベルまでしか教えてくれなったということもあるのよねぇ。。。と、ちょっと自己弁護。遺憾遺憾。よそのせいにしては。

 本当は、これらの操作イメージの理解も、本編の最もやっかいな実技問題も(ピポット操作やVLOOKUP関数、CHOOSE関数、複合グラフ、ゴールシーク、マクロ記録など)、繰り返しの付け焼刃でなく、意味を十分理解したうえで作業できれば、エクセルに対する自信も少しついたと思うのですが。むむむ、「残念な子」になってしまっています。

 まぁ、いま思えば結局随分昔になってしまった気もするのですが、年末調整や労働社会保険の実務、ワークガイダンスにおけるグループワークなど、総合的にきちんと全体像を把握出来ていれば、基金訓練の「なぜこういう科目の選択になっているのか」も明瞭になるところまでいく可能性はあったかもしれませんし、技術的な自信もついたかもしれません。(あくまで可能性であって、とんびが鷹を産まないので、いずれにせよ無理だった気がしますが)。
 しかし今はエクセルなど、その辺りがあいまいなところも多く、腹にすっと収まらないところがあるのはやはり残念です。今朝の新聞の健康欄に載っていた一節で「物事の理解が進まず、はっきりしない状態」という言葉に出会ったとき、そうだな。この言葉こそいまの自分には腑に落ちるな、と思いました。

 あえて良かった面と言えば、その「はっきりしない状態がある」という理解がある、ということでしょうか。(なんか、あいまいな表現ですね、これもw)。

 あとはやはりコミュニケーション能力については自分自身に関してはまだ難しい所はあるんじゃないかな。加齢のせいか、その場をそれなりに取りなすことは出来るようになりましたが、まだまだ人に対する信頼感が弱いんじゃないかな。本当の意味で胸襟を開いている人はごく少数だと思います。
 その意味ではいまの一緒に学んでいる人たちは、社会性がそもそも高い人が多いな、という印象です。一言でいえば、基本的に人間性が良い人が多いですね。

 この学校で趣味の合う人がいたのも本当に良かった。ずいぶん、たくさん良い音楽を聞かせてもらいました。CDを焼く、なんて作業もこの学校に来て以来初めて行ったことです。なんか「一番良かったと思っているのはそこかい!」って感じもしますが(苦笑)。
 む~。とりとめがないですねw。とりあえず、まとめに入りつつある訓練校の近況報告ということで。本日はこれで。

2011年1月7日金曜日

「ひきこもり系」の自意識

いや~。この2日、特に今日の天気はワイルドです。お元気ですか~?かなりの寒さ+強風+雪のトリプルパンチが出揃ったのは相当久しぶりです。ここ何年かぶりではないでしょうか?この寒さと吹雪の合わせ技は。

さて、基金訓練も残すところ一月ありません。自分の懸念はエクセル二級ですが、今日からパワーポイントのグループ・プレゼンのための話し合い+作成が始まりました。プレゼンは一人ひとりやった方が自由度も高いしバリエーションがあって面白いだろうに、とも思うのですが、協同でテーマを決めてプレゼンテーションまで行うという事自体に意味がある、という考えからでしょう。
自分のグループはひとりめでたく就職が決まって、人員が一人欠けまして、他のグループよりも平均二名が足りず、おまけに本日同一グループの人が一人休みましたので、今日は3名だけ。他のグループは6名でやっているのが多いせいもあるためか、他のグループはみんな元気なんだよな~。コミュニケーションが絶えない。

基本的に今の訓練校はみんな元気だと思います。というか、腹くれのない、真っ直ぐな人が多いですね。しみじみそう思います。中年の方が中心なので、社会体験を重ねた人が多い中にあって捻じれた感じの人がいないということ、少なくともそのような風情を見せない人がほとんどだ、というのはなかなか素晴らしいことです。

その中で唯一捻じれた人間がここに独り。。。ということもまぁ。別にないんですけれども(笑)。
ひきこもり系と精神的な健康は関連性があるといえば、あるともいえ、特別無いじゃん、といえばそうですね、とも言える。客観的に自分を見ればそんな感じかな。(ここでもボーダーラインだw)
ちょっと反応が遅いとか、コミュニケが慇懃だとか、なんとなく鎧をまとった感じがするね、という事は気づかれてるんじゃないかとは思いますけどね。

対人緊張などの神経症圏に属するひきこもり系の自分を含めたグループはいわば、「自意識過剰」な人びと。あえてあっさり言うなら中核はそこにあるんじゃないでしょうか。古風な日本人的な神経質で、森田療法で云うところの「森田神経質」という定義がおそらく一番しっくりくる。

だから、森田療法的なもの。不安や自意識過剰はそのままに、やるべき事をやる。恐怖突入。現実重視。極めて日本的な納得感がこの年齢になると分かる感じなんだけど、逆に個人主義化した社会となり森田が想定していた社会じゃすでに無くなっているんじゃないか?ということは強く感ずるんですね。
 おそらく森田が生きた時代からバブル期くらいまでは社会での働きの意味も、社会集団のありようも森田療法的なものがフイットできたと思うんですが、いまのコミュニケーション中心・第三次産業中心の職業選択余地がない社会になってくると、「日本的な文化」を基盤とした「森田神経質」改善も当事者にとっても納得感が弱いし、世の中も森田神経質を受け入れる余地や共同体的な場面が薄くなっている気は確実にしますよ。

あるいは認知療法。これはいいと思う。僕は長く精神分析療法を受けていますが、もはや自分をとことん見詰めてナントカ、って感じじゃありません。先生と会っても世の中とか社会の話ばっかり。ただ、いまや精神療法に特定の療法の基盤があって純粋にそれを中心に行っている治療などないんじゃないでしょうか。いろいろな治療の良い部分を折衷的にやっているはずです。ですから、僕も森田療法的なアドバイスも受けますし、時には認知療法的な認識の誤りについての指摘もあります。折衷なんですよね。

そもそも、この年齢になるといい加減に自分を見詰める作業も倦とましいものなんだ(苦笑)。疲れるわけですね。そう、精神も疲れます。というよりも、「考える作業」に疲れるんですね。あるいは、この年齢にしてやっと、自分を見詰めたところで、何かを発見する才能はなかったんだ!「ユリイカ!」という哀しい気付きがあったということであろうかと(涙)。

しかし、「自意識過剰」は神経症圏ひきこもりにとってキーワードだとして重要だと僕は思います。故に参考は作家でいえば、芥川龍之介や太宰治。そして橋本治とか(ここら辺は『M系』の神経症にね)。あるいは歌い手の好みとしては初期の吉田拓郎の歌の歌詞世界に近いもの。そこらあたりが理解の参考になるかも。(というか、もろ自分を基準にしてますけれどもw)。

あえて開き直っていえば、非常に古風な日本男性にありがちな性癖で、それが現代に存在すればどうか?という想像力のモデルケースになるかもしれません。この種の自意識過剰なモラリスト連はなぜ生きづらくなったか、女性に見向きされなくなったかを考えた時、現代日本社会の変遷を理解できるかもしれません。(こりゃまた、大きく出たぞ)。

認知療法的な角度から言えば、感情を認知で変えていくことが出来るか?という難問があります。ただ、確かに修正された認知が少なくとも嫌な感情を後々まで引きずらないという効果は自分にあったとは思います。それも、いたずらに馬齢を重ねたうえでの話ですね。少なくとも自分には時間がかかった。それでも同時に、最終的に理性で感情を抑えられるかは分からない、と自分は思っています。
もうあからさまにいうならば、上半身で考えることと、下半身で考えることのアンバランスが神経症圏の一番の葛藤であり、悩みですからねぇ。と、アッサリ僕は思うんです、間違っているかもしれませんけど。。。

ひきこもりは繰り返しますが、『状態像』ですので、いろんな形の原因があってひきこもりという現象がある、というのは基盤としなければならない。ですから、最近発見された発達障害系の人たちの抱える問題はまた別にあるだろうと思います。キャラクターの違いといいますか。。。

今回は自分自身の問題を一歩退いて考えてみました。
やはり、訓練校でも一番捻じれてるのではないかと(苦笑)。

ひきこもりの人の難しさ、困難は他者も当事者も、その状態が何故招聘したのだろうか?ということを上手く説明出来ないままでいることだと思います。それが誰にとってもひきこもりを分かりにくいものに(おそらく)している筈。
ベストは当事者が説明するのが一番説得力があるわけですが、当事者は社会が作ったある種の慣習的なルールのために上手く説明出来ない。あるいは、いまでも厳しい視線があると思っていて、説明する構造を持てない。
でも、意外とその当の社会は当事者が持つモラリズムよりも遥かに雑多な、自由と混沌に身を置いているのかもしれない。。。

可視化されたいと思いつつ、可視化されるのを恐れる。いわばスネオ君に近いのかもしれません。(少なくとも僕は自分自身はスネオくんだなぁと思っています。過剰な”照れ”は誰にとってもメリットがないんだよね。若い時は照れること自体が美学的に思えるのだけれども)。

2011年1月4日火曜日

おみくじ 大吉

照りつづく 日かげ なやみし 小山田に うれしく そそぐ 夕立の雨

枯れ果てた田の苗も夕立雨に逢いて 再び生き返り秋の収穫(とりいれ)も心配に及ばず安心できる運なれども 何事も正直にして他人を恨まず 仕事大事とはげみなさい

 はい(汗)。大吉ですが、2年連続です。この2~3年は世事不況ですので、大吉を増やしてるのかな?とか邪推は止めましょう。私の悪い癖です。この年齢になると、そういう発想は野暮を通り越して嫌味になるなぁとやっと少し思い始めています。

 映画で『ヤング@ハート』という、とても素敵でグッとくる映画があります。平均年齢80歳のコーラスグループ。ですが、年相応の歌を歌うわけではありません。リーダーの意向で、いまの世代が聞くロック、それもホンモノのパンクロックや、バリバリ、ジェームス・ブラウンのようなファンク・ソウルも唄います。


 その彼らのドキュメンタリーなのですが、20代や30代、場合によれば40代がロックを同世代として「イエイ!」などとステージ上でボディアクションで観衆のノリに応えるとだんだん「恥ずかしい」感じがしてくる年になってしまったな、と思ったのですが、このおじいさんたち、おばあさんたちが、その若い世代の歌を歌って観衆のリアクションに応える姿はかえってスッキリ胸に収まります。何故だろう?

 歌詞がまた、独特に深みを増すんですね。おそらくロックミュージシャンは将来や、同世代よりは少し醒めて意識的に老いた観点から運命的な事を唄ったりするわけでしょうが、その歌詞が同世代よりも逆に自然に腑に落ちるのは、加齢を加えていろいろな体験や肉体的なやつれとともにリアリティが歌詞に宿るからなのでしょうね。

 何よりこのメンバーたち、とにかくみんな明るい!身近となってきた運命すら受け入れようとするその姿勢。頭が下がります。この映画は笑って感動があります。歌が好きな人はぜひDVDのレンタルでみてちょ。



Fix You- http://www.youtube.com/watch?v=W_n0zvoHlVk&feature=related

映画好きの2人 2008年座談会8 『ヤング@ハート』

2011年1月3日月曜日

新年


 あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。
 自分の正月の過ごし方はどうだったかというと、実際は昨年の年末、からですね。もう12月30日くらいからゴロゴロ。それこそ家に籠ってテレビを見たり、音楽を聞きながらネットをやったり、ちっくらBGMと一緒にエクセルの復習をしたり。。。

 久しぶりに腰が重い年末年始を過ごしてしまいました。(いや失礼。毎年のことでしたw)。
 思い起こせば、もう少し年末に掃除すべきところがあったんじゃないかとか、旧年中に済ますべきことがあったんじゃないかとか思い残すようなことも。まぁ、あんまり思い残すのも健康上良くないので忘れるようにしますが。

 年末年始は昨日までこれもここ何年かそうなのですが、「ジャーナル系」のCS、BSを見てました。今年新しかったのはそれらを見ながらツイッターに感想(感情?)を書き込んでいたこと。故にこの年末年始のツイッター書き込みはいつも以上に多し。これはあんまりいいことではないかな。

 まさに寝正月。

 今日から神宮まで歩いてお参りしたり、やっと外に動きだしましたが、朝の9時前から出たんだけど妙な雰囲気なんだな~。街に向かう道すがら、全然正月のような雰囲気がしない。今日が月曜とあって、どうも今日から初仕事というのがあるのか。コンコース前でビッグイシューの販売員さんと話しこみましたが、今朝は全然ダメとのこと。確かにコンコース前で話しながら人の流れを見ていても、晴れ姿の人はいないし、なんとなく平日の午前10時くらいの雰囲気でした。販売員さんの話ではおそらくJR札幌駅の方に帰省の往路、復路の人が多いんじゃないかな、ということ。なるほど、それなら分かります。午後から少し持ち直せばね、との話。僕もそう願うところでした。

 そのビッグイシューの新春1月1日号は上の写真のように「ゲゲゲの鬼太郎」が表紙で、インタビューが「ゲゲゲの女房」こと武良布枝さん。そして、特集は「いま当事者研究の時代-浦河べてるの家から」。
 これは売れるでしょう。販売員の方も「これは出ますよ」と仰っていました。
 実際、今回の号は面白い。中身が濃い。水木夫妻大ファンの自分ということに加えて、それ以外の人にとってはこのべてるの家特集は絶対価値ある内容です。
 少なくとも、僕たちにとっては意味と価値のある内容だと思っています。
 ぜひ、機会があれば販売員の方から購入していただきたいと思います。特に福祉系の専門家の方は。

 さて、明日からまた日常が始まります。年末年始にとてもためになるジャーナル番組をずっと見ていたわけですが、即時現実適用となる話とはまた別の話。時折、その世界に入ってしまい、ナマの現実がお留守になってしまうのが自分の悪い部分ですので、気持ちを変えて明日からまた始めます。

2010年12月30日木曜日

今年も、はや年末です。

2010年もはや年末です。
早いような、遅いような。。。
学校に通っている日々は「遅い」と思い、振り返ってみれば「早いなぁ」と思い。
全く自分の都合に調子のよいことで、どうも(苦笑)。
先週の土曜日、一昨日と関わっているNPOの関係者とお酒の入らない忘年会をしていろいろ語らいました。カラオケもやったね。

今年はNPOの事業の手伝いもしたし、下期に事業が立て込んだこともあり、特に事務局長役を務めていた友人は本当に大変だったと思います。
同時に、そんな経緯でNPO1年目にしては思った以上にいろいろな事業を行ったことで、1年前のこの時期とはかなりの違いがあった年だったなという感慨がありますね。その友人は特にそう思っているのではないのかな。

自分についていえば、春先から何だか「学校」にばかり通ってた1年の気がします(笑)。4月から5月いっぱいまで基金訓練校で自己分析やスピーチ練習、ワードとエクセル。エクセルが初歩段階で終わったところでNPOやソーシャルビジネスへの就業を目指したこちらも内閣府管轄の社会事業基金訓練。こちらではNPO等の代表の方々のお話を中心に伺いながら、NPOのイメージを掴み、実際に2週間のNPO事業体で就業体験学習を含んだ、「大学」的な勉強。そして8~9月の取材を終えた後、10月からまた2度目の厚生労働省管轄の基金訓練を来月一杯まで受講というわけです。

いまの学校で学んでいる簿記、エクセル、ワード、パワーポイント、源泉徴収、労働社会保険等の勉強もそろそろこの1月末(簿記は2月末)に向けて”そうまとめ”の段階に入ってきました。
簿記は補助簿でまだやっていない商品有高帳と伝票記帳を除いて、残高試算表と清算表までやり、そろそろもうPL、BSという外部に見せる帳票を具体的に作る段階です。
エクセル、ワードは基本習得は終わり、試験対策モード。
ワードは前の学校で日商の資格を得たので、今の学校ではエクセル2級にのみ試験挑戦です。ところがこのエクセル試験。実技と知識試験がありますが、知識試験の難易度が半端ない。それこそ、エクセル2007のオプション詳細の機能まで問われます。

そういえば、ワード、パワポも含め、ウインドウズオフィスソフトの2007はいまだ自分として機能操作に「馴れていない」実感だけはしっかりあります。機能がタブに配置され、非常に使い勝手が良くなっているのは良く分かるのですが、前の学校で習ったソフトは実業ではまだこちらが中心ということで2003。右クリックのショートカットでダイアログボックスを出して操作することに馴れていたので、その癖が抜けないようです。
もちろん、2007でもショートカットキーで多くの操作はOKなのですが、意外とタブに出ている沢山の操作機能を知っていないと困る局面も多いのは確か。

ですから、この正月も含め、この1月はエクセル対策をしっかりやらねば。この12月までは正直余り先生が真剣味が足りないせいもあって、横にいる座っている人たちと脱線してばかりいたのでなぁ。(周りでだべっていても、教師に何も言われないような状態が今の学校の哀しみです。トホホ)。

急に真剣になれるのかどうかも不安ですが。
そういうこともあって、全体の「核心」というか、オフィスソフト全体の共通項というのがきっとある筈で、それがまだぼやけている。その「ぼやけた」状況が払しょくできて曇りが晴れて、「あっ!」という気づきがあったら試験もイケル気がします。

後は簿記。まぁ3級レベルは何とか。2月末に行われる試験で2級を視野に入れ独学でやるか。(源泉徴収の時間に少し2級レベルの会社会計簿記は触れているので)。2級に「工業簿記」が含まれることを考えれば、無理せず時間をかけてじっくり労働社会保険の法律を再度復習して頭に叩き込むか。
何しろ、金を貯めているのは基本、社会保険労務士会に入会して労務士を名乗れる状況を作る、というのが当初の入学前から温めていたプランでもあるので。
そこにプラスアルファで、基本的にオフィスソフトが苦にならない、簿記も分かる、賃金管理(納税)の基本も分かっている、というサブスキルを磨くというのが目標でした。

今後、NPOを見据えながら、自分が手伝わせてもらっているNPOも手伝える時間があれば積極的に手伝い、両面作戦で行く方針に変わりはありません。

そんな1年でした。とりとめないですが、この1年のこんな近況を含めた報告まで。

それでは、明日もブログ書くかは分かりませんので、一応先にごあいさつ。
皆様にとっても良いお年でありますように。来年も宜しくお願いいたします。

2010年12月28日火曜日

1枚の記入書面の背後から

 前記事の「行政書士事務所」の物語から連想したとも言えますが、特に公的な書面がそうでしょうが、1枚の書面の背後に意識していないと見落としてしまう人間ドラマに直面する記入箇所があるものだな、と思います。

 例えば「離職証明書」。
 会社を辞めた時に雇用保険の被保険者証とともに、離職前6ヶ月間の賃金額を記入し、いわゆる「失業手当」の算定基礎額として使います。現在においてはそれだけではありません。格段に離職者証明の意味は大きくなっています。その意味は離職理由が「解雇」なのか「自己都合」なのか。あるいは「特定理由」離職という、正当な理由があれば、特別に自己都合退職でも特例が認められる離職も絡んできます。
 普通、解雇や倒産だと7日の待機後にすぐ失業手当が出ますが、自己都合退職だとおおむね3か月間の受給の制限期間があることをご存じの方も多いはず。
 現在では、自己都合離職と、解雇・倒産・正当な事由ある特定離職は年齢や勤務期間によって両者お互いの支給期間に大きな開きがあります。

 そこで問題は「離職証明書」の解雇理由に「どのように書かれるのか」ということが労使間の微妙な神経戦になることもあるでしょう。そしてここから個別労使関係問題が生じる可能性があります。1枚の紙の書かれ方において、働いていた側がそれをどう承認しるかということも、けして小さくない問題です。

 あるいは女性が結婚退職するとします。夫がサラリーマンだとすると、普通夫の健康保険の被扶養者になり、国民年金の第3号被保険者になれば、健保の保険料は払わずに済み、国民年金の保険料も一切かかりません。いわゆる「専業主婦」メリットです。しかし、もし雇用保険で「失業給付」をもらうとすればどうするか?失業給付は収入か?実は失業手当は収入なのです。そしてその収入は前年度ではなく、即時でみられますから、場合によって給付を受けながら社会保険の被扶養者になると、それがバレないこともないとはいえません。
 そのため、今度は健康保険の被扶養者届で会社は妻が現在無収入であることの証明印を押してあげねばなりません。会社は責任が伴いますから、めくら判は押せないでしょう。

 あるいは社会保険は郵送で送付することが出来ます。しかし、基本的に資格の取得届は5日以内に、となっていますから送付時期がいつか、5日目の郵送印ならOKなのか、5日目に保険事務所に届いていなければいけないのか。
 資格取得届はある程度融通が利くようですが、会社を辞めても自分で健康保険に加入する「任意継続被保険者」の届け出はキッチリ20日以内まで、と決まってますから、1日遅れたら即アウトです。すると、20日目の郵送印があればいいのか、あるいは20日目に事務所に届いていなければいけないか、どちらか。答えは後者なのです。それだけ任意継続の健康保険の資格取得は厳格なのです。

 行政は厳しい、と言えるかと言えば確かにそうですがとはいえ、民間の契約でも内容証明郵便から始まり、公正証書、供託、印紙付き契約書、云々。1枚の法的な有効書類の効力は重たく、その背後に人間のもろもろな感情のひだ、葛藤、不安、思い入れ等々が含まれている、ということを考えざるを得ません。

 その辺りを上手く突いてくれるマンガが「カバチタレ!~特上カバチ」で、それは法律マンガであるだけでなく、法律上必要な手続き書面に関わってもいるところがより一層リアルです。しかし、上気したようにひとつの「書面」には法律の裏付けがあり、法律の背後にはルールに伴う人間のもろもろの(ドロドロともした、あるいはグッとくる深い思い溢れた)感情や思いが含まれているものだなぁということが分かります。

 事務の仕事を専業にされてきた来た方もいまの訓練校にいます。詳しく話したことはありませんが、10年くらいもその道で働いた人であれば、きっと見たくもない場面、聴きたくもない話を耳にする機会もきっとあったことでしょう。それが直の人と人との対峙する場面ではなく、「書面」の背後の中に見える、もろもろの諸事情を覗いた、想像出来て来た。ということがあるような気がしてなりません。

 やはりある程度一つところで長く働いてきた人はルーティーン・ワークの連続であれ、そこから、世界の小さな小窓から大きな世界の一端を覗いてきた、ということがあるのかも?と思います。
 だから一義的には生活するための仕事だけれど、もしも仕事がそこそこやりがいがあるのだとしたら、小さな小窓(あるいは人により、大きな窓)から社会観や世界観を無意識のうちに感じ取れることが出来るからじゃないかな、と思ったりします。

 いやいや。本日も大きく出てしまいましな。すみませぬ。

 話を現実的なところに戻して一つ。高校卒業までに学んでほしいことがあります。それは「労働契約書」(パート労働も含む)、「給与明細書」の読み方を教えてほしいということです。より贅沢言えば、「確定申告の仕方」も。
 憲法はおおまか学ぶと思いますが、逆に労働と賃金から憲法25条、権利と義務関係、そして憲法前文と遡る。そして日本国憲法の理念を学ぶ。そちらのほうが憲法がリアルに若者に理解できるのでは。理念型から入れば、暗記を強要されるようで面白くないはずです。

2010年12月25日土曜日

特上カバチ 22巻


 けっこう前なんだけど、とても久しぶりにマンガ喫茶に行って手に取ったのがこの第22巻。思い切り引きこまれ、恥ずかしながら涙が出てしまいました。
 子どものネグレストの話。理不尽に捨てられた母が、その捨てた夫に似ているということで、愛してたが故に憎さ倍増になって元の夫の面影が顔に見える息子を虐待。
 それを良い意味でのおせっかいにより子どもの救済に向かう行政書士事務所勤務の栄田。
 彼にも複雑な家庭事情が背景にある。暴力をふるう父に育てられたのだった。であるがゆえに、理屈を超え、世間体を超え、彼が身体で知っている「真実」とともに走る!
 同時に彼は虐待する母親を責めたりしない。母親が置かれた経済的苦境や独りで子を育てねばならない苦しさ、それを受け止められない周囲や社会があることがわかるから。彼は母も「何か」の犠牲者だと認識しています。
 密閉された部屋でヒステリカルになった母親に折檻される子ども。謝り続ける子ども。それでも、そんな母親でも唯一、自分を守ってくれる存在だと疑わず、全面的に自己の身を捧げている男の子。そんな場面には思わずグッときます。
 そのようないたいけさに触れるとき、流石に母も自責をし涙するんだけど、やはり日が経つと同じ間違いに戻ってしまう。これも、現実にありそうな本当に悲しい事態。

 最終的には折檻が高じて子どもが救急車で運ばれる事態にまで悪化してしてしまうのだけれど。。。

 その後の展開はこのマンガで確認してほしいですよね。

 このマンガは主人公は行政書士の田村くん。まだ書士になってからそんなにキャリアを積んでない(?)若者なんですが、極めて真面目な、だけど若いが故にまだ少し世間の深いところを知らないところがある。(人のことがいえるか!←自分にツッコミw)。
 しかし、彼の良さは失敗を糧として深く自省して次の段階に一段一段上っていくところ。おそらく一番サラリーマン層読むであろう、この「週刊モーニング」誌読者にとって、一番感情移入できるのは彼でしょう。

 しかし、この巻に限らず彼の先輩に当たる栄田氏は人情物に関して主人公になると、実に泣ける、泣ける。特にこの巻は自分の子ども時代の具体的な家庭生活が記憶として描写され、そのシーンも泣けるのだ。
 男気に溢れ、細かな事務作業は苦手でも、他者が関わりにくい人の心の機微に触れるときは大概腹を据えて彼は入って行くんだけど、その時の馬力は半端ない。

 彼らの直の上司であるシゲさんは基本的に他人の家庭のプライバシーに法律家は踏み込んではならない、がポリシーであるので、一線を超えると栄田氏がその点で価値観の対立が先鋭化し、何度か辞表を用意するところまで行くんだけれど、このシゲさんという存在のバランス感覚と包容力も、実は影の読みどころ。

 原作者の田島隆さんは前も書きましたが、中卒後下積みの仕事を続けながら行政書士の資格を取り、そしてこれだけクオリティの高い等身大の人々のドラマを書き続けてきたのだから、本当に凄い。「カバチタレ!」で20巻くらい?同時にアフタヌーン誌で「極悪がんぼ」も長い。カバチタレ!の継続で「特上カバチ」が現在23巻で、私はこれだけの長期連載でこれほどクオリティが下がらない作品は他に知らないです。

 いままでこれだけの仕事をしてきたのだから、「ロックンロールフェイム」ならぬ「マンガの殿堂」入りしてもおかしくないと思うんだけど(笑)。
 ただ、画を描いているのが「ナニワ金融道」を書いていた青木雄二氏の直系の弟子で東風孝弘という人で、ゆえに絵柄が生理的にどうしても苦手だ、という人が多いのかもしれない。しかし庶民リアルな物語にこの絵はある意味合っているし、もはやこの絵でないと無理、とも思う。

 この東風氏の従兄弟が誰あろう田島隆氏で、故にコンビネーションも良いのでしょう。

 実はいまは亡き青木雄二氏は田島氏から法的な知識を吸収していたようで、「ナニワ金融道」ラストストーリーの圧巻である裁判官を騙す「ゼロ号不渡り手形」作成、というストーリーは田島氏のアドバイスがあったという噂があります。