2015年8月21日金曜日

インタビュー第五弾 政治学者、田口晃さん。

お久しぶりです。新しいインタビュー記事の更新が収録日より丸まる二月遅れてしまいましたが、昨日掲載をしました。
 http://ethic.cloud-line.com/interview/16/
 
 今回は「民主主義」について。収録は6月19日で、NPO法人Continueというところで毎週行われているオックスフォードのペーパーバック、「Buddism」の英語購読会のファシリテーターをしてくださっている田口晃さんに七回にわたり、北海学園大学法学部一般教養の政治史を自由討論の中で学びながら、その背景を元にしてContinueの理事長さんとスタッフさんを交えた座談形式で行いました。それゆえ、私たちの準備の続きをもとに話しあいを行ったため、内容がやや難しめというか、抽象度が高い面があるかもしれません。ですが、いま、民主主義の意義が改めて問われている状況なので、アップ・ツー・デートな内容だと思いますし、同時に、NPOのスタッフの方の発言や私の発言で、「民主主義はどういうものと考えてこられ、その実質が、意識や考え方として(日本で)どういうふうになっているのか」を考える耐久性の高い内容になっていると思います。

 今回も分量は多めにとりました。形式話ばかりでなく、「本音の」というか、意識の深層に内容が後半特に、展開がなっていくのが見えてきて、いろいろと刺激的な内容になっていったと思います。少なくとも私は非常に面白く、今後も似たような別の企画を立てれればと思います。「いま、民主主義はどうなっているのか」というところに関心があるかたにじっくりご賞味いただければ幸いです。
 次回のインタビューのお話はすでに7月末にお訊ねすることができました。今回は発生生物学の先生で、生きものの世界の生存戦略の不思議さ、面白さ、そして自然界の生きものとして、特異な存在であるわれわれ人間の登場から今後のありかまで、非常に面白い、トリビア?も満載な内容です。幸いに、自然学と人文学の出会いの内容になっております。できれば来月には掲載したいと思っています。どうかお楽しみに。

2015年4月3日金曜日

インタビュー運営サイトをブログに移行中です。

 個人でインタビューサイトを運営中ですが、何らかの理由があって、サイトの検索が上がって来ないようです。確かに無料HPサイトを利用しているため、レイアウトもきれいではないのですが、それにしても不自然でありますし、折角の良い人のお話も読まれないのではお話にならないので、当面今までのインタビューをブログに再掲し、今後はブログにインタビューを掲載して行こうと思っています。そのうち、きちんとしたホームページを作成するときもあるでしょう。
 暫定措置ですが、私自身は記号のような存在で良いとしても、内容が多くの人の目に物理的に触れないのは惜しいので、手間隙はかかりますが、少しずつ移行して行こうと思います。現在のホームページは新しいインタビューも今後掲載していき、時期を見て完全移行して行こうと思っています。

2015年4月1日水曜日

困窮者自立支援制度について 櫛部武俊さんに聞く

お久しぶりです。
様ざまあって、なかなかブログに手をかけられないで来ました。

本日から新年度ですが、本年度から施行される「生活困窮者自立支援制度」について釧路で先駆的な活動をしている櫛部武俊さんにインタビューした内容を拙ホームページにて公開しています。話は制度の内容を超えて、櫛部さんの人生観も含んだロングインタビューです。

関心のある方はぜひ読んでいただければ嬉しいです。
http://ethic.cloud-line.com/

なお、ETVの「ハートネットTV」でも困窮者自立支援制度を昨日と今日、とりあげますね。
このあとの午後8時から。(現在、午後7時50分)。
そちらも制度に関心があるかたはぜひどうぞ。

2015年3月30日月曜日

インタビュー第四弾 櫛部武俊さんと、生活困窮者自立支援制度

今年の二月下旬、釧路を訪れ、「生活困窮者自立支援制度」のモデル事業を全国に先駆けて行っていた一般社団法人 釧路社会的企業創造協議会の事務所を尋ねて行った櫛部武俊さんのインタビュー、遅れに遅れましたが、本日掲載させていただきました。丁度、制度発足直前という、ある意味ではタイムリーなものとなった、としておきましょう(笑)。
http://ethic.cloud-line.com/interview/11/

 内容の長さや私の文章の中でも垣間見えるかも知れませんが、私はかなりな「櫛部ファン」です。櫛部さんの魅力はさまざま思うのですが、一番思うのは、櫛部さんという人は人と「共有」したい人なのではないか、ということです。今風にいえば、「シェア」したい人、というか。

 生活困窮者自立支援制度とか、生活保護制度のゆくえの中で活躍する人という捉え方だと、どうしても経済問題や社会問題の枠組みのスペシャリストとして捉えがちになりますし、行政マンでもあった櫛部さんには特にそういう視点でまず考えてしまいそうですが、実際の櫛部さんはむしろ「人と気持ちを分かち合いたい人」という気がするんです。

 「こう思わない?」「そういうとこあるよね~」「あいつすごいね~」「これ、どう思う?」「何か違わないか?」みたいな、人と人との関わりあいの割合深いところの「そうかな」「そうだよね」という分かち合いを求めていて、それを阻むのが経済とか、社会関係とか、孤立孤独とか。そういうものを取り払われた中で人が自由に「感じられる」状態をわかちあいたい。それを阻むものと向き合いたい。何よりもまず経済問題とか、社会問題が先にある人だけではけしてないんじゃないかと思うんです。
 そうでないと、私みたいな身分不詳なものにこんなにいろんなことは話してはくれないと思います。おそらく櫛部さんの明るさと人間探究心はかなり若い頃に培われた何ものかだと思いますが、それをきっと組織人としてシンドイ時も忘れないで来られた。その恩恵はちゃんとあって、僕は釧路に櫛部さんがおられることが寒い土地柄だと思うけど、灯火な気がしています。職場も若い職員の人たちも含めてとても明るいものでした。

 困窮者自立支援制度の具体的なことを付け加え忘れてました。

 行政はまず生活相談の窓口を設置し、相談に来られた人の支援計画を作ります。これが法定必須事業。もう一つの必須事業は離職後に住宅を失った人を対称にする「「住宅確保給付金」。
 任意の事業として、日常生活自立、社会生活自立をベースにした「就労準備支援事業」、ホームレスなどの人のための「一時生活支援事業」、家計相談、家計管理に関する扶助「家計生活支援事業」、そして生活困窮世帯の子どものための「学習支援事業」などです。

 釧路では中間労働、社会的企業として「魚網作り」を行っていますが、現在多くの自治体では任意事業の動きは鈍いようです。現在進行形の法律なので、今後を見守って行きたいものです。

2015年1月5日月曜日

自分のメディアがあるということ。

 わ!と。
 今年に入ってから書いたブログ記事のアクセスがいままでの記事より短期間でアクセスが多いのでびっくりしてます。おそらく、「ペコロスの母の玉手箱」にまつわる検索でヒットしてブログに到着していただいたのでしょうね。中身を読まれた方がどのような感想を抱いたか分かりませんが、まあ、面倒なことを書いているなと通り過ぎた方が多いのではないかと思います......。自己卑下ではなくてね。

 こんな感じなので。もう少し自己修正する分析が必要であるとも思っております。

 今年も(?)個人的にはいろいろありそう。日々の舵取りって難しいですねえ。この時代。時代のせいには出来ませんが、暗中模索ですよ。今年は本が出る予定なので、現状も間歇的に忙しいときはありそうではあります。間歇的だと思いますけどね。まだ分かりませんが。
ですから、自分のためになるべく吸収できそうなメディア探索をしています。特にインタビューや対話を中心に。昨年からその辺は意識的に見聞しているつもりですが。ネットには結構オルタナティブなメディアがありますね。自分のアンテナにひっかかりそうな。今まで気づかずにきたんですねえ。

 まあ、こういうブログも考えてみれば、自分発のメディアなんじゃないかと改めて気がついて。
 ちょっと無謀なことをしようかなと考えています。ま、いま現在ですけどね。
 無謀なことを考えてすぐ(個人の中では)突っ走ってしまい、度坪(『ドツボ』、です。度坪、っていいね。土坪とかもね)にハマルんですが。それなのにまた馬鹿なことを考えているのですが、もうちょっと頭を冷やして考えます。

今のところ、ヒントはこれ ↓
 
 
よければこちらも運営してますのでのぞいてみてくださいね。
 

2015年1月3日土曜日

「ペコロスの母の玉手箱」 感想


 
 明けましておめでとうございます。今年は少しブログもアップしていこうかなと思っています。さぼり気味だったので。今までよりも少し広げて刺激を受けた本や映像メディアについても書いて行きたいです。
 
 まず、今年のお正月に読んで素晴らしい才能との出会いを寿ぎたい、岡野雄一さんという方の『ペコロスの母の玉手箱』。表紙に描かれているように、これは老いて認知症になった母親を看ていく(観ていく)日々を綴ったショート形式の漫画です。母親が入所したグループホームを主人公の後期成年(60過ぎの人ですが、過ぎたばかりなので、初老とはいいにくい。後期成年という言葉を使いたい。老人という言葉は70くらいからが適当ではないでしょうか)が訪ねて伴にゆったりと過ごす時間を描いています。グループホームに母親は居住していますから、直接介護の場面はありません。ただ、本人のことを母親は思い出してくれません。ほぼ「まる禿」になった息子の名を母は思い出してくれず、「ハゲ」と呼ばれるところはやや切ないです。
 全体にユーモア漫画のタッチと、丸みを帯びた描線で認知症の世界の緊張感はほとんど感じませんが、作者の「母ちゃん」も含め、ホームに入っている人たちの描写はかなりリアルです。(ひとり、コミカルに描かれるレギュラーのおばあさんはいますが)
 にもかかわらず、ここに描かれる世界はどこか僕らの記憶の源流を思い起こさせる切ない郷愁が全編を貫いています。同時に、驚くほどシュールな世界を描いているともいえます。淡々としていながら、漫画の表現としてはかなり斬新な世界を切り拓いていることに気づかされ、僕は一度目通読したときは、その斬新な想像力の飛翔具合にびっくりしました。これが60越えの、しかも男性のものなのだろうか、と。作者自身の母が辿っていると思われる記憶や主観的な世界への感応力は、ともすれば社会秩序の体現であろうとしてしまう覚醒した世界の住人であろうとする中年以後男性の硬さをやすやすと乗り越え、母と伴に、母の若い頃に、そして母が酒乱のために悩まされた晩年少し前の父との安らかな語らいの世界に、作者自身が飛び込んでいきます。
 
 母を看るのは後期成年の息子のみで、その妻はおらず、客観的にその世界を描いているという意味では現代的な課題でもあり、リアルタイムな表現ですが、ここまで異性であり女性である母親の記憶の往復に寄り添う形の旅に付き添えることは普通なかなか出来ることとは思われず、ある意味では作者の「憑依する能力」というものさえ感じてしまいます。
 
 私がまず驚き唸ったのは冒頭にあるタイトルのように、「母の中に玉手箱があって その玉手箱の中に迷い込んでしまったような」世界からこの漫画のストーリーは始まりますが、車椅子にのった母と対面している初老の自分をもまるごと箱の中にしまってしまう穏やかな「大きな母」の描写でした。これは男性作者にはなかなか出来ることではないな、と思います。
 ストーリーの中で、主人公はいつも淡々とホームに現われ、母のなすがままに現実感から離れた母とのきれぎれの対話に寄り添い、時たま禿げた頭をなでられるがままに時を過ごします。
 作者の母は、上記したように酒乱の父に悩まされた人でした。父親は素面の温和さとは一変して酒三杯で人格が豹変します。それでも母の記憶の中で父は許され、そして酒が入ると乱暴になる夫を慕い、時には今でもすがっているかのようです。おそらくそれは現代では考えられないほど昔の「母親」というものにとって夫は「すがり、頼る」唯一の人であった、ということでしょう。作者の母は夫を看取ったあと、すぐ認知症になりますが、その症状が出てくること自体がおそらくその証明でしょう。慕い、すがり、頼る夫の存在を失ったとき、やはり子どもは父の代わりにはなれなかった。母はあくまでも母で、おそらく子どもは子どもです。時には甘えても心の中で頼りとなる「心から慕う手」にはなれないのでしょう。
 だから子どもである「ペコロス」さんは母にずっとかなわない。むしろ呆けるようになった母を看ながらまるで母が辿る記憶の旅の中に自在に翻弄され、いつまでも子どもであって、「未だに母ちゃんの掌の上にいるとやねぇ」と思い、会話のない母とのゆるやかな時間に「不思議なぬくもり」を感じる境地にいます。淡々とし、冷静に見える主人公の描写の中に母を恋いる世界(とてもシュールな世界)が展開する。こういう表現を出来る作者に今までの男性には出来なかった「乗り越え」をみた気がしました。そして「幼子を慈しむように、童女になった母を慈しむ」と、自分と母の相互の懐かしい記憶の往復を抑圧せずに描写していきます。
 まさに、幼子を見る若き母の姿がワープし、認知症が進んだ母の邪気のない笑顔がまるで童女のように描かれます。
 現実とのバランスをとりながらも、老婆である母親が童女となり、若い女性となり、そして自分の幼い頃の母となり、それらの時を往来する自分の母親への気持ちを絵で表現した人はかつていなかったと思います。漫画でそのような、真面目な問題や状況を軽やかな表現で描いた作者は、女性にはいたと思います。
 
 
 例えば、こうの史代さんは少なくとも、間違いなくそのひとりです。「夕凪の町 桜の国」「長い道」「さんさん禄」「この世界の片隅で」など、絶妙な作品をこうのさんは書いてきました。このような作品の系譜は女性にしか難しいとずっと思っていたので、まさか男性で、しかも母の介護で(いえ、母の介護ゆえ、かもしれませんが)、こうのさんの系譜を引き継ぎ、並ぶ作者が登場するとは思いませんでした。
 
 柔らかでしなやかに想像力が自在に飛翔する男性作者の登場は、僕自身も遠からず体験することとなる母を看ていく際の想像力の、こころの予習になります。でも、正直作者のような感応の力が自分に生じるようにはとても思えませんが.......。僕にとって、作者があとがきに書かれているように看ていくものへの「癒し」の力になってくれるかどうか。いずれにせよ、これは医療系、介護系などの名作漫画ですし、一般の漫画の世界にも古典となる作品といえましょう。(このシリーズの第一作は映画化もしたようです。作品の舞台の長崎弁が言葉の力を与えています。この辺はこうのさんの古里、広島を扱った物語同様の地方の言葉の力もあります)。

2014年12月13日土曜日

インタビュー第三弾 野村俊幸さん(不登校・ひきこもり支援活動家)

お待たせしました。インタビューの第三弾をお送りします。
http://ethic.cloud-line.com/page27253/

 今回は函館で精力的な若者支援、及びその家族支援をされている野村俊幸さん。その活動の内容とバイタリティはぜひインタビューで確認していただきたいですが、函館にうかがった際は午前から4時まで会合参加をコーディネートしてくださり、それからすぐに二時間近くインタビュー、そしてそのまま夜に当事者メンバーも含めた親睦会をセッテングしてくれた上、ホテルに帰る市電が来るまでずっとお付き合いをしてくれるサービスぶりで、すごいなあと恐縮するばかりでした。
 それは和歌山の宮西照夫先生の病院にうかがった際も似た感じで、場に集う若者たちと諸々雑談したあと、病院終了後、食事をご馳走してくれた上、帰りはホテルがあるJR和歌山駅から結構離れた南海和歌山市駅まで行くバス乗り場まで案内してくれた上に、次の日の和歌山城見学にその日付き合ってくれたリーダー格の当事者の方に「君、お城の紹介してあげたら」とまで。ちょっと躊躇してしまいまして、冗談交じりで「観光はひとりが好きでそれに慣れてるものですから」と言ってしまいましたが、とても真面目で読書好きな感じの人でしたから、いろいろ話が合ったかも知れず、今思えば少し残念だったかも。ただ、次の日は飛行機の早割り切符の関係から、午後の早い時間に帰る必要があり、ということもありました。

 話を戻すと、今回のインタビューは「不登校」と「ひきこもり」の違い、というざっくりといえばそういう流れでしたが、野村さんが言う「不登校は行かない、という選択肢だけれども、ひきこもりの場合は「何かしなければならない」回答を常に求められる」という整理は深く納得することでした。
 ひきこもりに関して言えば、和歌山の宮西先生は中南米の民間精神診療のフィールドワークを長く続けてこられた人ですから、視線には「文化精神医学」というものもあり、その国、社会の文化的な苦悩の表現、それを「文化結合症候群」といいますが、ひきこもりも日本の文化結合症候群という捉え方もされています。元々、日本には「ひきこもる」ことを美徳とする文化があった。ですが、グローバリズム、新自由主義経済の過剰な競争主義によってひきこもる美徳がひきこもる「問題」となって一層こじれが起きている、そんな見立てです。来年8月末に出版予定の自分のインタビュー集もこの観点が基底としてあると考えてくれても良いです。あくまでも見立ての一つですが。ひとり、ただ宮西先生だけのものではありません。

 さて、函館の野村俊幸さんのエネルギッシュな活動は実践とともに著書にもまとめられています。文庫『カナリアたちの警鐘』はとても分かりやすく、かつ誠実さに溢れる本です。野村さんはお子さんの不登校を経た結果、いまの精力的な若者支援をされているわけですが、葛藤やご自身が反省されていることもまっすぐに書かれていて、読んでいる僕はその真率さにまず深く打たれました。文章もその真率さが一貫して流れています。平易ながら内容は不登校、ひきこもりに留まらず、いじめ、フリースクールの歴史、子どもの権利条約、ソーシャルワークの原則など非常に幅広く勉強になります。サポートステーションでの相談員も勤める野村さん。直近の若者支援の行政を含めた支援情報が含まれ、そのアクチュアリティにも感心しました。多くの人に手をとって読んでもらいたい本です。お勧めです。


2014年10月12日日曜日

穴があったら入りたい 自己責任の世界

「穴があったら入りたい Ohh 俺の人生何だか~♪」
という失敗をしてしまった。
金曜日、搭乗すべき飛行機に搭乗できなかったのだ。
その日にすべき大事な仕事に間に合わず、航空会社のカウンターで既に初日の主業務の仕事にいけない無念を秘めて午後の空き席を待ちながら、それにしてもどういうことだろう?この三連休前日のこの10時台後半の人混みは。観光客と出張客がバッテングしたのか、搭乗手荷物検査ゲートでアウトを食らわした飛行機会社に言いたいこともあるが、落ち度は余裕を持ってチェックインしなかったこちらにあるのは間違いない。
それにしても。飛行場という場所は自分がそういう状況に陥って落ち込んだぞの主観から見てしまうせいかもしれないが、何とも機械的で機能的に見える場所だ。寄り集う多数の人々のほとんどが地下鉄、JRと同じように飛行機への搭乗が日常の場に見え、年に一、二回しか乗る機会がない自分には非日常の場だと感じる。ここには温度差とか、落差、というものを皮膚で感じる。
 
飛行場を後にして、悔しい思いを何時になく強烈に感じながら、夜が明けて朝、自宅のベッドの上でかなり別の切り口でぼんやりあの場の印象を考えた。以下は印象論のこじつけがましさに過ぎないのだけど、何か感じてくれる人が居たらありがたい。以下、突然具体の話から、観念的な話に飛躍します。
 
個人主義的自由の究極の言葉であるといえそうな「自己責任」という言葉と、あえてそれに対概念として「連帯」という言葉を対置してみよう。すると、そのどちらに人々が親和性を抱くのかということは、まさに「共有する時間」の多寡に尽きるのではないだろうか。共有する時間が長くなれば「連帯」へと傾き、短くなれば「自己責任」のフィーリングに近づく。
 
その究極が飛行場だ。あの短時間で遠くへ。物理的に人が長距離移動をする場所。空の上に向かって人々が移動する場所。
飛行場の変化はここ十年くらいで著しい。自動券売機、バーコードによる搭乗、ゲートで差し出される通信機器。見渡すとほとんどの人が操作するスマートフォン。
 
個々が黙々として、機械の操作を理解して、ドジなことをしない。少なくとも金曜日に限って言えば、客の数に比例する搭乗事務職員はいない。そう、飛行機が日常化しているようで、乗りなれない人に目をつけて声をかける余裕のある人などいないのだ。奇妙にも、平日の銀行や病院など、日常的な空間のほうが立ち止まって場所の様子を眺めていると黙っていても向こうのほうが声をかけてくるくらいだ。父親の入院していた病院が常にドアマンみたいな人が居た、という奇妙な光景が記憶に焼きついているせいもあるが。。。
で、飛行場はまさに「自己責任」という言葉がピッタリ来る世界が展開している。それがまさに普通の風景であり、景色。
「連帯」とは全く無縁の世界。
 
空席待ちだって優先順位はクレジットカードつきの「会員」だ。そう、もうひとつの世界は「クレジットカード」そして「会員カード」の社会。ポイントメリットのとしての会員。個人的にとても鬱陶しいくらいの、どこもかしこもの会員制。
これらもいつの間にかそれを、そういうシステムを「知る場」にいないと、いとも簡単に取り残される。つまり教え、導き、協同しようとする「連帯」とは無縁の世界だ。
都市は「自己責任」という言葉が実感としてピタリとはまる感じがあるのは、日常が都市化している人々にまさに日常を表明する言葉としてそれがあるからなのだろう。
思い返せば、空港に立ち尽くした僕はしみじみそう思ったのだった。-もちろん、すべてはどこまで言っても自分のぼんやりぶりに尽きるのだが......。そう、どこかから聞こえてきそうだ。「自己責任だろう」と。
 
先に記述したように僕にとって飛行機に乗るのは基本的には非日常的な世界。そして出張族や移動者たちには地下鉄、JR並みの日常。それは空港職員ももちろん。とはいえ、真逆に「田舎暮らし」というのもまた僕にとっては非日常の世界。いい年をして情けないが、一つの極端ともう一つの極端を持ち出しているのかもしれないけれど、「ああ、拠る部がないなあ」と、そういう時、感ずるのだ。
 
例えば、地下鉄だっていつの間にか「ウイズユー・カード」が一方的に廃止されてしまった。おそらく「サピカ・カード」に変えざるを得ないだろう。都会の特徴であるゲートを通り抜けるときには光コードを重ね合わせて、ピッ、ピッ、ピッだ。これほど「自己責任」という言葉が似つかわしい自分移動のありようじゃなかろうか。そしてスマホ。空港での人々の実務的な営みはスマホ中心に行われているように思われた。
 良き倫理的な人たちが公共空間でのスマホ覗きの営みが他人への想像力欠如の入り口として嘆くように、僕も風景として好きじゃない。そして僕はスマホじゃなくて、携帯モバイルでアイパッドだから、同時にスマホの便利さがうらやましくもある。これはほんの何年かの間の形態の変化だ。社会がスマホにあわせ、ICに合わせているのに、日々を都市で過ごす、稼ぎに出てくる人たちがスマホ社会に背を向けることなど出来るだろうか?ソーシャルネットの抱える問題はそのひとつの副産物に過ぎないようにも感じられる。常に向き合わされる機械と共に動いていく近未来。
 
ネットでYahooなどの質問に対して「ググれよ」という返事が返ってくるのは「お前の自己責任だろ。情報は自分で探せ」と明らかに突き放していると同時に、そういう潜在的な声がごく普通の人にも共有されているのではないかと思う。自己責任。その言葉が実感を感じている多数の人々によって、あるいはそう名づける人によって日々突きつけられてくる感じはある。

2014年10月4日土曜日

エレカシライブレポ。

 
 エレカシの単独ライブに行って来ました。ZEPPサッポロ、一階オールスタンディング。
 結構ステージ前の方に陣取ることができたので、フォトジェニックな4人(+30代ギタリスト1名)を拝めることができた。映像で見るのと全く同じで格好いい。特に宮本。48才、とても見えない。見た目、若すぎ。そして唄うその姿は男から見てもセクスィ。稀有な存在ですわ。
 それにしても音がでかかった。1時間以上経った今もこちらの耳がまだおかしい。高音、効かせ過ぎかもしれない。ポップなシングル曲では宮本の声の素晴らしさが生きていたのだから(特に今日の『悲しみの果て』は出色)、もう少し宮本の声を生かすサウンドバランスがあって良かった気がする。まぁでも、宮本の声もでかいが、そのミヤジのギターの音もデカイよ(笑)。石くんのギターはだから、とてもノーマルなんだよな。


 今回のステージはキーボードの蔦屋さんが帯同してないせいか、ポップな曲、バラード曲が控えめで、硬派な楽曲が多かった気がする。初期の曲も多い。特に「星の砂」をやったのにはおお、と思った。それよりもっと古い曲として紹介された曲もあったが聞いたことがない気がする。なんでも高校時代の夏休み頃に作った曲とかで、後の和風独自路線を思わせる。ステージでの宮本の動きもこの曲では初期っぽい。(後で分かった。その曲は『BLUE DAYS』)

 何しろキャリアが長いから気合を入れて次から次へと曲をやる。そして意外とタイトに一曲一曲をまとめてる。曲間のナレーションも、ほとんどない。
 「明日に向かって走れ」発売前のGW頃に来た96年のライブでの曲とその熱量との落差があるとっ散らかった宮本喋りに爆笑したものですが、もはや彼ら王道なのでそういうのはなく、とにかく曲を聞かせる。アンコールラストは花男。ファーストから知る限り4曲。(※『BLUE DAYS』を入れて5曲)。彼らのファーストアルバムは基本的にシンプルで分かりやすいメロディのロックンロールに「それを言っちゃあオシマイヨ」の歌詞がドンと乗っかる痛快な名盤なので、素直に嬉しい。
客掴みを狙わない王道ロックを聞かせたエレカシ。そういえば、今回は石くんいじりもなかったなあ。
gにしても、音がでかかった。本編ラスト近くで宮本の耳からイヤホンが落ちたので、防音イヤホンを使っているのかもしれないが…。

 とにかく宮本&エレカシの全力投球ぶりには頭が下がる。言葉も力強いがそのバンドの姿がそのまま勇気を与えるバンドに違いないです。凄過ぎでした。有難うございました。(9月21日)

PS。この曲はライブではやりませんでしたが、実に痛快な大人の世界を揶揄するお茶目な曲。怒り、苛立つ宮本がこういう形で現実を共々の問題としてかつユーモアも織り交ぜて展開するまで成長するとともに、その大人になっても野太い力量に僕は思わずガッツポーズを取ってしまいます。

 

2014年9月13日土曜日

インタビュー第2弾 平野直己さん(教育大学札幌校准教授)

 インタビューの第2弾。北海道教育大学札幌分校の平野直己先生の原稿が出来ましたので、「インタビュー・サイト ユーフォニアム」掲載させていただきました。
http://ethic.cloud-line.com/interview/04/

 平野先生も精神分析ベースの臨床心理の先生ですが、ざっくばらんなお人柄で、元原稿のリコーダーを起こしたら2時間のお話でワードで55ページにもなったという(笑)、何だか今まで最も会話の相互作用が頻繁だったとてもリラックスした笑いの絶えない時間でしたが、そういう雰囲気の中にもキラッと光る鋭い分析が随所にあって、纏める際もなかなか捨てる部分がないな、と思うばかりでした。

 結局4回に分けて掲載させていただく形をとりました。お話は平野先生の語り口を極力活かす形をとっています。領域的に関心のある方にとっては堪らない内容になっていると思いますので、是非時間がある際にご覧になってくださいませ。

 特に4回目にまとめて内容を挙げた壮年期の子どもが老いた両親を見ていく「下り坂の心理」、下山の心理学は自分のリアルタイムの関心にまさに応えてくれる貴重な内容です。この件に関しては教えを乞う側に留まらず、平野先生も同列に考えられる話題として語ってくれたのは個人的に非常に嬉しくもありました。内容も、あまり今のところ語られていない斬新な内容だと思います。世代が近くないとあまりピンと来ない部分もあるかもしれませんが、注目に値するものと久しぶりに自賛してしまいますです